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思考停止のフーガ:真実を語るウォッチ06

(初出 2013/12/16 )

ちよさんのブログのコメント欄に、ちよさんを批判するのはおかしいのでは
ないかと彼女の弁護をはじめた大野武士さんが、「大野節」というブログを
作成されたようです。  http://ob.hatenablog.com/ (←閉鎖中)
特筆すべきは、「あなたがネットの自称学会員に誹謗中傷されたら見るブログ」
と銘打って対応法をマニュアル化する事を試みておられる事でしょう。

しかしその記事内容を見る限り、学会員ブロガーの記事にたいしての読者の
批評は無条件の賞賛以外、受け付けられるべきものではなく、ましてHNをあげて
他のブログなどに記事を投稿してで批判することは「誹謗中傷」だと断定したうえで
定型文をを使って切り捨てなさいと勧めているのです。

しかし批判者に対して「あなたの行為は中傷誹謗だ」と主張し
「嫌いなもの 創価学会メンバーを傷つけ苦しめる言葉」(ママ)と自己紹介
している人が、そのブログの記事で

※大野節は「はた京阪さらし首ブログ」として何年でもネットに残し続けます。
 この度の貴方の凶状は、それに値するだけの悪逆行為
http://megalodon.jp/2013-1215-1549-20/ob.hatenablog.com/entry/2013/12/14/234154


※挙句彼のお取り巻きのリンチ(私刑)にかけられることでしょう。
 正に中世暗黒時代の「魔女狩り裁判」
※貴方はネットには不適合な「いらない子」
http://megalodon.jp/2013-1215-1237-42/ob.hatenablog.com/entry/2013/12/14/001955


等々、読者に対して漠然と悪印象をあたえるためなのでしょう。
とうてい穏やかな言動とはいえないコトバが羅列しています。

おそらくこういった方に通常の反論しても、「先に手を出したお前が悪い」
と言うでしょう。

ちょうど、12月6日付けの聖教新聞に
「なぜ迷惑行為はなくならないのか」というコラムが掲載されていました。
その記事によると、迷惑という感情は「人が不快と感じる行為」で成立する
そうです。したがって「迷惑だ」と告げられ、他人が不快だと感じる事が
は妥当性があるといえます。
でも、「みんなやっているから」とか「ルールで決められているわけではない」
という言い訳は、自分さえ良ければ良いという行為だと書かれていました。
また、迷惑なことをする人もされた人も「自分を守る」事に必死になる
あまり、思考停止に陥って“自分が不快に思うこと=間違っていること”と
思い込んでしまえば、相手の主張を聞くことができなくなり、解決の道は
閉ざされるとも。

そう考えれば、「それはやめて欲しい」と言われたこと自体が大問題であるかの
ように喧伝するのは、迷惑をしている人となんら変わらない事を読者にも理解
していただくことが出来るのではないでしょうか。

以前主張させていただきましたが、共依存の関係は、集団外の人間に向ける
ことができる批判を自分に権益のある集団には絶対向けない事
(または批判を自陣に向けられない雰囲気をつくる)で成立します。

なぜか大野さんのブログの設立をまっていたかのようにイプシロンさんも
「はた京阪」さんをいじりはじめました。そういえばちょうど「大野武士」さんが
出没されだしたあたりから、私に対する棄てハンドルの連投がはじまっています。

よく見ると、最新の大野さんのブログ記事には、はた京阪さんに対して交換条件が
提示されています。
ようするに「はた京阪くんへの人身口撃を止める代わりに、あべひを掲示版から
追い出してくれ」という事らしいです。

(参照リンク:【管理者からのご連絡】はた京阪さんへのご提案 )
http://megalodon.jp/2013-1216-1709-42/ob.hatenablog.com/entry/2013/12/16/012807


私は論旨の進め方や表現法をざっと見て「カチカチ山」ブログ
思い出してしまいました。
ひょっとするとこれって自分を護る為に「あいつは悪人」という旋律を、
調子を変えて繰り返しているだけではないかと。

さしずめ思考停止のフーガ ですか。

◎マメ知識リンク
フーガとは:クラシック音楽用語
http://www.mp3albumworld.net/music/fuga.html
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「 阿部日ケ~ン(院政)は迷惑な人」ブログ

( 初出 2012/7/31 )

カチカチ山さんの「 阿部日ケ~ン(院政)は迷惑な人」ブログの公式掲示板
「あべひ問題を語る」には、拙ブログで現在非公開処理されている記事のいくつかを
魚拓に採って、公開されている方がおられたりします。
(例)
http://megalodon.jp/2012-0731-1244-24/6706.teacup.com/fbreformation/bbs/337

この中にexciteから「非公開処理」された記事がいくつか混じっていますので
こちらでリンクを貼っておきます。
阿部日ケ~ンを影ながら批判したつもりが、ありがたい事に証拠保全になって
中傷記事の代理公開をされている訳ですね。

もちろんこの魚拓を採った人は私ではないことを宣言しておきます(笑)
著作権をタテにして魚拓に採られたキャッシュの削除申告するつもりも全く
ございません。

これらの記事が「中傷:根拠のないことを言いふらして、他人の名誉を傷つけること」
だと判断されるのかは読者の皆様にお任せいたします。

【内】 六難九易と開目抄のツボ
http://megalodon.jp/2012-0510-0207-14/captivated.exblog.jp/15258029/


【内】仕事と活動の両立論は実際にできてから話しましょう 創価の森ウォッチ32
http://megalodon.jp/2012-0502-1653-49/captivated.exblog.jp/15186743/


【内】ミスリード目的の反論(弁護)は突き詰めると手詰まりになる
http://megalodon.jp/2012-0502-1649-59/captivated.exblog.jp/15148098/


【内・ネット】 人間革命をフィクションだと吹聴した学会員 創価の森ウォッチ 30
http://megalodon.jp/2012-0426-2000-52/captivated.exblog.jp/15134348/


【内】 ブログタイトルと企画ミス 創価の森ウォッチ20
http://megalodon.jp/2012-0417-1930-10/captivated.exblog.jp/14588785/


【内】僭聖増上慢の正体とは 三類の強敵の分類
http://megalodon.jp/2012-0511-1426-09/captivated.exblog.jp/15274393/


【内】ネット対話で解る事 創価の森ウォッチ34
http://megalodon.jp/2012-0515-1351-55/captivated.exblog.jp/15308527/


【ネット】 人気記事ランキングの不思議
http://megalodon.jp/2012-0601-2039-37/captivated.exblog.jp/15466685/


【内・ネット】個人情報発信・自分が漏らしたプライバシー 創価の森ウォッチ36
http://megalodon.jp/2012-0517-1739-06/captivated.exblog.jp/15330410/


【内】菊川()さんにハシゴをはずされてしまったアンチさんたち:創価の森ウォッチ35
http://megalodon.jp/2012-0527-1640-54/captivated.exblog.jp/15416354/


【内・ネット】プライバシーを守る倫理観をもとう 創価の森ウォッチ40
http://megalodon.jp/2012-0601-2038-26/captivated.exblog.jp/15455899/
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自己演出に縛られる

(初出 2012/7/21 )

※人はそれ「らしく」ふるまうことによって、しだいにそれ自体になっていく
 傾向がある。
(「心理トリック」ごま書房:初版発行'71年12月10日)


“それ自体になっていく”というのはあくまで振る舞いを「継続」をしなくては
いけないはずです。
演劇などの役者さんが歴史上の人物になりきる為に、その人物を
勉強されるという話を聞きますが、あくまでその役者さんの解釈が反映
されたものでしかありません。
~~らしくといっても本人になりかわれるわけではありません。

たとえばHNカチカチ山を名乗って、「らしく」振る舞うとなにになるのでしょう(笑)
背中を焼いた「タヌキ」になるのでしょうか。

「心理トリック」に表現されているものが名前やHNなどの「名称」に関わる
部分でだけではなく、「行動」が付随することによってそうなるケースもある
という事ではないでしょうか。

特定の人「らしく」ふるまうことによって、次第にその人のようになっていける
かどうかは、その人にようになりたいという強い願望がなければ不可能でしょう。
また、自分がそうでなくてはならないと考える心理学でいう「ペルソナ」とホンネ
とのギャップが大きいほど精神状態は不安定になります。

実は、カチカチさんは阿部日ケ~ンというHNの存在を通して阿部日顕をイメージ
しているだけにすぎないのです。
だから具体的に阿部日顕はどうだったのか、大石寺はどうなったのかの説明は
いっさい省かれています。
もっぱら感情論ですね。

これは心理学でいうところの「投影」にあたるものですから
実在の人物と同じであるとおもいこんでいる(または、そうおもいたい)
カチカチさんの心理状態を表面にさらけ出しているにすぎないのです。

同じ事をやっていても、自分がお気に入りの人は、良い人にしか見えない
でしょうし、自分が嫌いな人は、悪い人にしか見えないでしょう。

さて、皆様は私が「阿部日ケ~ン」のHNを使う事が理解できないかも
しれませんが、思わぬ結果をもたらした事もあります。
このHNをつかい出した頃は、半分おふざけで対日蓮正宗門徒の事しか考えて
いませんでしたが、創価学会員に対しても「日顕」に対する率直な感情や、
人を軽んじやすい傾向のある人を推し量れるキッカケにもなっていたのです。

対話ができない人ほど、内面(中身)よりも外面(印象)で人を判断しがちです。

あえて責められやすい部分を残しておくのも悪い事ばかりではないと
感じているからこそ、長い間使っています。(笑)

/////////////////


余談になりますが、カチカチさんは大石寺が寂れた理由が全く理解できて
いないようです。

※法主・管長の権威を利用して数多くの専横を極めた結果、創価学会及び
 学会員の大量離反を招いて「ゴーストタウン」・・


と主張されていますが、それまで登山会を企画運営していた創価学会・および
その会員に対して
「いままでのように創価学会員としての大石寺登山(御開扉)の資格がなくなった」
と通知されたので行く根本的な理由がなくなっただけです。
ましてその後、父母の赤誠の御供養で建立され日達師が「本門寺の戒壇たるべき」と
宣言された正本堂も日顕法主の手で破壊されてしまったので、教義的にも大石寺に
いかなければならない理由が消滅しました。

アンチや日蓮正宗門徒が来襲していたからこそ賑わっていた富士宮ボーイ掲示板と
まったくいきさつが異なるのです。
関連記事

動画・楽曲不法(タグ)配信はさらにルールが厳しく

( 初出 2011/8/31 )

最近、著作権に絡んでの摘発がおこなわれた事からもレンタル掲示板や
ブログでは配信に関する「ルール」が厳しくなると思います。

(参考記事)
※ガンダム最新作をネット投稿 著作権法違反容疑で逮捕
(略)

同容疑者は「インターネットのサイトを検索し、アップロードされていたものを
ダウンロードして投稿サイトに送信した」と供述しているという。

(asahi.com記事元のリンクは切れています)

-----------
※レコード会社が動画ダウンロードサイト運営会社を提訴

(記事元)
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/news/20110824/1037400/?tdi


------------
※<著作権法違反>「嵐」動画無断配信 会社員逮捕…埼玉県警
 毎日新聞 5月11日(水)21時57分配信

動画共有サイト「ユーチューブ」に、人気アイドルグループ「嵐」のコンサート映像を
著作権者の承諾を得ずに公開したなどとして、埼玉県警は11日、北九州市八幡
西区楠橋西2、会社員、宮崎正広容疑者(51)を著作権法違反(公衆送信権侵害)
容疑で逮捕した。
同県警によると、ユーチューブへの動画公開を立件するのは全国で初めて。

(注:毎日.jpのリンクは切れています)

////////////////////////////////////

菊川氏もやっと気がつきだしたのか、公式の動画を主に貼り付けて
いるようです。
しかし個人的に気づいただけですませてしまえば菊川流の「マネ」をして同じ
過ちをしている人に対しての抑止力とはなりえないのが無責任だと思います。

すでに権利者は「動画投稿サイト」の扱いについて厳しい処断を始めた という事
に他ならないでしょう。

「オリジナルではない」と少しでも思われる動画を活用する事は危険極まりありません。

実はそういった違法動画に対するタグ埋め込みはどうなのか?_ というと
以下のような考え方で間違いないと思います。

『 YouTubeの動画を埋め込むことで発生する著作権問題 』
http://jp.blogherald.com/2007/07/10/the-copyright-risk-of-embedding-youtube-clips/

関連記事

ecoさんの「師」がない人生

( 初出 2013/7/13 )

現在、富士宮ボーイ掲示板で拙がアク禁動議を提出させていただいたecoさんが、
対話に応じる事ができず、迷惑アラシ行為をしている状態です。

その中で「師弟観」に関して興味深い発言をされていましたので考えてみたいと
思います。

ecoさん曰く


※従って弟子なり師なりの発言に対し疑問が残れば それは譬え御本仏の発言
 であっても 今後の責任性も含めて 諌めなければいけないんです。
 
(No.36919 師弟不二や血脈の本当の姿とは・・)


一見すると良い話しに見えますね。
この考え方は相互補完関係と言います。
ではecoさんの諫め護るべき師とは誰でしょう。
仮にecoさんの師がいたとすれば、その方がecoさんと同様の発言をしている事が
必須となるように思います。
護らなければならない師がいない場合、ecoさんの師弟観は空論となります。

護るべきものがない人間は「自己保身」しかできないでしょう。
御書に折々でてくる「心を師とせざれ」は意義深い指針だと思います。

ネットには、守るべきものがある人と失うものがない人のどちらがつよい?という
禅問答的な話題があります。
皆さんはどちらだと思われますか?

守るべきものを持つ人は主・師・親の三徳を持ち合わせることが可能ですが
失うものがないという人は「自分だけ」を護れば事足りるので主体者でなくても
師にならなくても親にすらなれない。なる必要もない。
失うものがないというのは守るものが「自己」しかないと言えるでしょう。

ユーザー(傍観者)として世の物事に文句だけを垂れ
リーダーを見ればあれじゃダメだとケチをつけ
自分を一番にやさしく受け入れて愛される事だけを望む。

永遠の消費者で幼児でいいのです。

ちょっと前に「ピーターパン症候群」というコトバが流行しましたが
「心を師」としている人は
ここではないどこかにもっと素晴らしい場所があるんだ? という空想に
囚われて、アイデンティティが希薄です。
ですが、自己の存在価値を示すためには相手が必要です。

別の掲示板での「堅皇」さんもそうでしたが、「心の師」がいない人は理を
立てていかにも自立思考しているように見えて、余所から都合のいいネタを
ひらって反発する事でアイデンティティの希薄さを補完しているケースが多い
ので、朝令暮改や二律背反はお手の物。
だから突っ込まれるとテキトウにはぐらかすしかありません。

それもそのはずです。
「師」がいる事を明言すれば、イヤでも自己の存在と「師」の存在とを比較
されます。

自分が注目される事を望んでいる人にとって「師」の存在は上下関係や支配隷属
でしか理解出来ません。
他人の意見は自分に対する命令であり、そんな他人の意見に同調している人は洗脳
されていると理解している人が多いようです。

したがって「師弟不二とは相互補完関係である」などと自分と「師」の境涯の違い
を平均化し自分の存在価値をより崇高なのものへと高めようとするのでしょう。

しばりのない、師がない人生。

反発する事でしか自己表現できないというのは寂しい人生だとおもいます。
関連記事

創価学会における天照大神の意義

( 初出 2014/1/30 ) 

歴代総理の伊勢神宮初詣でに関して記事にさせていただきました。
いうまでもなく伊勢の「神宮」に奉られている祭神は「天照大神」です。
明治になってから政治的に成立した靖国神社とちがって、創価学会のみならず
日蓮大聖人ご自身も日本で古来より奉られていた、天照大神や八幡神については
四箇の格言に取り上げられた、念仏・律・禅・真言や、真言を取り入れた天台密教
に対するような批判的な立場は取っておられません。

「日眼女造立釈迦仏供養事」には
天照太神八幡大菩薩も 其の本地は教主釈尊なり 
と記されています。
これを「本地垂迹説」の根拠としていますが、神が仏教より優れているという
「神本仏迹(反本地垂迹)」論争が室町期に起こりました。

なぜ日蓮大聖人が天照や八幡の本地を「教主釈尊」としたのかと
いえば、詔(みことのり)つまり神勅の存在があるからです。
天照の詔は以下です。
----
「葦原千五百秋瑞穂の国は、是、吾が子孫の王たるべき地なり。
爾皇孫、就でまして治らせ。行矣。宝祚の隆えまさむこと、当に天壌と窮り無けむ。」
(くだし訳:参考 戸田城聖先生質問会集)
 いまみずの穂の我が子孫の君たるべき国なり、汝(なんじ)皇孫ゆきて治めよ
 皇祖の栄えまさんこと天壌とともに極りなかるべし
----

つまり、簡単に言うと天照大神は「国を護ります」と、述べられているというわけです。
八幡神にも同様の神託が伝えられており、その内容は国家守護ですので天照同様に
民衆救済の仏教の教えの本質と違えるものではありません。

しかし、だからといって創価学会では伊勢神宮や八幡神を個別に拝むという事は
しません。
日蓮大聖人が御本尊様を顕されたおり、しっかりと仏教守護を誓った諸天善神の中に
天照も八幡も認められているからです。
つまり、創価学会では毎日御本尊様にお題目を唱えることで、仏教守護・民衆守護の
仏・菩薩を供養するという一面と、その法力を我が身に顕現させることができると
いった二つの意義を同時に叶えている事になるのです。

さて、ここでどうしても私が書き記しておきたいのは、天照や八幡といった神格を
退けていなかったにも関わらず、戦前の創価教育学会がなぜ存亡の危機に晒されたのか
ということです。
結論からいうと戦時中の国家神道は天照や天皇が、仏教の守護者という立場をとる事を
よしとしませんでした。
軍部が日蓮正宗に対し御書の本地垂迹の部分を墨で塗りつぶし「伊勢の神札」を
別個に祀るように、要求するようになると、恐れをなした坊主はこれにしたがうように
創価教育学会の牧口・戸田に求めました。
もちろんこの要求には従いませんでしたが、結果として牧口・戸田をはじめとする
創価教育学会の幹部は治安維持法違反および不敬罪で投獄(昭和18年)され
組織は壊滅状態に陥ったのです。
驚くべき事にこれ以前に大石寺側の老僧、小笠原慈聞が神本仏迹を
唱え不敬罪で大石寺をを告発していたのです。
この事実にたいして大石寺は昭和17年秋に小笠原を擯斥(僧籍剥奪)処分にして
いましたが国家権力は内紛の弱みにつけ込んで、日蓮正宗に国家神道をおしつけ
るキッカケとなったことが充分に考えられます。

(詳細は地涌696を御覧下さい:
        http://www.houonsha.co.jp/jiyu/19/696.html )

創価学会の会長は伊勢の神札を祀る事を拒否し投獄されましたが、その過去が
あるから報復的に天照大神を拝まないと言っているのではない事を再度強調して
おきたいと思います。
国民に戦争を批判させないために、国家が都合の良い宗教を用意し統治や
教育の精神的根幹に据えた事で神が護っているはずの日本は滅亡しかかった
のです。
国を護ると宣言した神が、その目的を果たせないのは、民が間違っているから
という考え方が「神天上の法門」とよばれるものです。
実際に国家を守護し血を流すのは神ではなく「人」なのです。

神や国があって、人があるという転倒した考え方こそが、最大の不幸の源です。
それと同じく、仏教において坊主あって門徒ありの転倒宗教は日蓮大聖人のみ
ならず釈迦の教えからも逸脱しているといえます。
だから正法正義に対して「邪法・邪義」としているのです。

師匠の指導を引用させていただきます。

///////

今、明治以降、大正、昭和の戦前までの日本を考えてみますと、指導者は、民衆の
心を国家主義のスキで耕し、科学的な妥当性を欠く国家神道の種を植え付けていった
ということができる。
だかそれらの理念は独善であり利己主義であり、時代の進運に背を向けた復古であり、
世界に通じる理念ではなかった故に、遂に戦争そして敗戦という破局を招いてしまった。

( 「若き世代で新しい舞台開こう」 昭和43年5月3日
           第31回本部幹部会 東京・日本大学講堂 )

///////


牧口初代会長を死にいたらしめ国を滅ぼした国家権力。
創価学会員ならば、政権がどのような状態であるかを、青年の気概をもって
注視しつづけていかねばならないでしょう。
関連記事

仏国土建設の指導者としての誓願を

(  初出 2014/2/11 )

2月11日は神武天皇が即位したとされる建国記念日であるとともに、
創価学会第二代会長戸田城聖の生誕の日でもあります。

今年(2014年)で生誕114周年になります。

奇しくも日本が国家として成立したとされる日に戸田先生は生まれました。

そして戸田先生が目指したのは仏教による社会安寧つまり「仏法民主主義」
だといえるでしょう。

戸田先生の指導を引用します。

◎そもそも宗教とは、「生活の法則」であり、生活そのものの中に存在しなければ
 ならない。
 それがためには、宗教のあり方を考えるときに、まず自分の立ち場とか過去の因習
 を捨てて、仏教徒は、まず釈尊の立場に立ちかえって、そのあり方を判断し、
 日蓮門下と称する数百万の僧俗は、宗祖日蓮大聖人の立ち場にかえって判断
 しなければならないはずである。
 (略)
 しかしながら、われわれは仏教の真髄―――法華経の指向する方向において、汲めども
 つきない甚深の哲学と、きわまりなき実践の力を発見した。
 いまや、道義国家、文化国家の建設の指標が高く打ち立てられているときに、かかる
 仏教の真髄が、あまねく世に出て、もって、国家、民族の打ち立てた指標を、光輝
 あらしめなければならないと信ずるものである。

(昭和二十四年七月十日:大白蓮華発刊の巻頭言 戸田城聖先生指導集より抜粋)



ひらたくいうならば「広宣流布」への大決意です。
日本から世界へ、創価学会員がその身をもって示さなければならないのは
他宗のような個人の安寧だけではなく社会の安寧であり、仏法流布の大目的で
ある末法万人の救済。つまり世界平和ではないでしょうか。

池田先生は指導されています。
◎「同じ信心、同じ目的をともにもって、一人一人の庶民である被指導者と、本末究竟
 して等しい指導者が新しい指導者であるといえる」 (指導メモより抜粋・池田大作著)


誰かが英雄になってそれに追従すれば良いとか、有名になった人に「よろしく」と
お願いするようなものではありません。
正しい信心をもって一人が立つところからはじまるのです。

そこをはずして、見知らぬ人に便宜を図る事を目的にすれば、創価学会は
ただのボランティア団体になってしまいます。

あくまで創価学会は切磋琢磨した信仰者の集団でなければ、戸田先生、池田先生
なかんずく日蓮大聖人のお心に背いた事になりはしないでしょうか。

どうか、ネットにコミュニケーションに興じる「創価学会員」さんは、大目的を忘れて
いないかを常に見直し、現場の活動のアイテムとしての通信機器利用に止めておく
ようにお願いいたします。

あべひ拝

関連記事

無邪気なハラスメント:創価の森ウォッチ107

( 初出 2014/8/13 )

菊川さんの「創価の森」ブログにおいて、御書のひらがな化作業を
請け負った見返りでしょうか。
視覚障がい者さんの「千早」さんの個人情報が菊川ブログでネタとなり
公開されています。

彼女がどの時期にどのように視力を失われたのかといった病歴に加え
彼女が菊川さんを信用し、かつて書いたイラストなどのプライベートな
画像などを提供されているのでしょう。
その内容を「自分だけが知っているのは惜しい」という発想かもしれません
が、ダラダラと菊川氏個人が知り得た個人情報を「千早抄」と銘打って、
連続シリーズとして掲載されつづけています。
一方的な善意というよりも、「無邪気なハラスメント」だといわざるを得ません。

このシリーズものの個人情報公開連載の直前、菊川さんは千早さんに対する
公開私信内で、このように主張しています。


オオカミ少年的なこの流れは自己嫌悪になるし、いつからということは
白紙にするしかなく、でも、100%千早抄は書かせていただきますので、
宜しくお願い申し上げます。

【前略千早さま(16)オオカミ少年の憂鬱と決意 より抜粋引用】
http://sokafree.exblog.jp/23029337/


どうやら千早さんから得たプライベートな内容を記事にする事を前もって
相談していたようなのです。
私は何度か「ひらがな御書」の運営について記事にしてきました。
千早さんの要望に応じる形で「ひらがな御書」サイトを作製されている
以上、千早さんと菊川さんの関係は対等とはいえません。
まして彼女は視覚障がい者さんであり、ネットで御書が聞きたいという
望みを叶えてくれたことになる菊川氏の要求を断るのは気が引けるでしょう。

しかし、冷静に考えてみると、千早さんご自身が自前のブログを運営されて
おり画像の投稿などもすることができるだけのパソコンのスキルをお持ち
です。
千早さんが自分でネット公開した記事の内容を補足する形であるならいざ知らず、
なぜ菊川氏にご本人が公開していない「個人のプライバシー公開」を委ねなけれ
ばならないのでしょう。
まったく不可解です。

以前に、拙ブログにおいて、視覚障がい者さんの体験談をブログで公開して
貰ったあと、その内容を削除してほしいという依頼を聞き入れてもらえない
ばかりか、ブログ主さんから、一度そちらが許諾をしておいてなぜ削除を
しなければいけないのかと憤慨され、内容証明郵便まで送りつけられる
トラブルにあわれた創価学会員さんのトラブルを紹介させていただきました。
(ブログ主と寄稿者の関係: http://captivated2.blog.fc2.com/blog-entry-250.html)

この話題は結構反響を呼びましたが、もし千早さんが、これまでの恩義で菊川氏
に要求をされるがまま断れないような状況になっておられ、また恫喝されるかも
しれない恐れを表に出さず健気に振る舞われているのなら、いくら好意的に
千早さんのプライバシーを公開したとしても「ハラスメント」に他ならない
と思います。

菊川さんが、ブログを通じ自分と係わった方々の「リアル」を公開するのは
これが初めてではありません。
私の記憶では、2009年頃オウム関連の書籍を出された「オウマー日記」の
西村氏と実際に会った事を詳しく書く事記事にしています。
ご本人は「オフの会話は参加者のみが知る」というスタンスをお持ちで
詳しく書く事を好まれていないにもかわらず、「折伏」記事として
公開していた件が最初だと記憶しています。
(参照リンク:創価の森の小さな家・続リアル対談)
http://sokanomori.exblog.jp/12815485/


コメント欄を見ると、批判をされた方もおられるようで
菊川さんは

※通常、あそこまでリアルタイムの発信はやりませんから。
 ただし、今回は、メールでのやりとりや準備があり、双方のブログ
 所有者同士の会談だったのであのようなアプローチをしたのでした。

(以上「続・リアル対談◇オウマー日記さんに申し上げたこと
 コメント欄より引用)

と返答しています。

つまり、菊川氏はメールを内々にやりとりすることで、公開する
条件を満たしたと理由を付け、勝手に詳しく記事にしているのです。

その後2010年にも関西在住の婦人部さんで菊川さんのブログ読者が
東京で彼とリアル対談をされた折、私と菊川氏の議論に関してなにか
忠告をされたそうで、反省した旨の記事を公開していました。
http://megalodon.jp/2010-0914-0132-53/sokanomori.exblog.jp/15111089/

しかし菊川氏はこの後、何度も何度も、自分に係わった人のプライバシーを記事
にし、そのつど指摘する私を煙たがったあげく、自分は事実上の無視を決め込み
直接応対をせずとも、第三者を通じて批判をさせるという「三猿運動」を編みだし
ました。

おそらく菊川さんはこういうでしょう。
「私は悪意なんてないのだ」と。

嫌いな相手から指摘されると、猛反発する。
しかし自分の好む相手から同じ指摘をされると、「私が修羅でした」と反省の
そぶりを見せその場をしのぐ。
同じ過ちを繰り返していては、なにを「反省」したというのでしょう。

仕事が忙しくて更新ができないはずの「創価の森の小さな家」の最新記事では
また誰かのプライバシーを取材して記事にすると告知がありました。
おそら以前話題にされ富山県でコンビニを営業されている方の話でしょう。
菊川さんは「予告」したことは必ず実行します。
それが相手の迷惑であるかどうかまでは深く考えません。

予告したことをしないのは“オオカミ少年”(ママ)だとし、彼自身が
嫌っているからです。

社会に対する誠実よりも、自分が勝手に設定した目的完遂を優先させる。

こうして無邪気なハラスメントは、関係した人を巻き込む形で、いっこうに
終わる気配を見せないのです。
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ブログ主と寄稿者のいびつな関係

( 初出 2013/6/13 )

はた京阪さんの 注意すべきネット上の情報開示について 掲示板にて、
ネットコミュでのトラブルのご相談がありました。

概要を書き出してみます。

ネットを通じてBさんと知り合ったAさんは、自称学会員さんであるBさんのブログに、
体験談を寄稿しました。
Bさんは自分のブログの記事を書籍にしたこともある方だそうです。

寄稿をした理由はメールを通じてやりとりをしていたBさんが、
「○○会の方の体験はとても貴重です。私のブログで記事にしたいです。宜しくお願い
します」とAさんの体験を画像も添付したうえで是非掲載したいとの強い要望があった
のです。
内容はAさんとCさんの創価学会人材グループ活動についての事のようです。
両人は実際に会ったことはありません。でも電話をしたこともあるそうです。
またBさんはAさんに対して「贈り物」を送った事もあるそうなので、お互いの
個人情報(住所、名前)をご存じです。

一応個人が特定できないように配慮し、Aさんの寄稿体験談を、Bさんが加筆補足をして
ブログの記事として公開しました。

しかし後日、AさんはBさんの発言等に疑問を持ち、Bさんのブログに寄稿した体験談
記事を削除してほしいと考えるようになりました。
Aさんは体験談にCさんとの画像も添付していましたので、AさんだけでなくCさんへの
謝意もBさんにして欲しかったようですが、彼はメールで
「Cさんへのお礼というのは全く理解できない。何を言っているのか意味がわかりません」
という趣旨の返答をされた事も信頼を失う一因となったようです。

AさんとCさんの活動報告を、Bさんは自分のブログの記事の1つとしてしか考えて
なかったのでしょう。

Aさんは人材グループ名を挙げた記事をなんとかして、削除してもらえないかメールで
やりとりを続けていましたが、驚くことにBさんからは
『私の事がイヤなら付き合いをやめれば良い。しかし寄稿された記事の削除をするつもり
はありません』(趣旨)と完全拒否。 

さらには
『気に入らないのなら訴訟を起こせばいい。受けて立つ。』と強硬な態度を示した
そうです。

納得できないAさんは、現場の方にも相談したかったのでしょう。
その旨をメールで書くと今度は
『第三者に対し、私との個人的なやり取りを表沙汰にしないでほしい。』と要求
しつつ
『私を誹謗し、脅迫とも思える言動をした』ので法律家と相談のうえ
内容証明郵便を送るとBさんに告知されてしまったのです。

後日「注意すべきネット上の情報開示について」掲示板にこの相談をされた
Qさんのお話によれば「大変残念な結果」になったとだけ報告されていました。

Qさんの配慮によって、このトラブルがどこのブログとネット知人との間で起こった
事かは特定できません。
したがって、この話しが本当なのかどうかも私達には確認のしようがありません。

しかし、私はこのようなネットトラブルが学会員同士であっても「あり得ること」として
紹介させていただきました。

相談をされたQさんはこう締めくくられています。

※私はここで、今回の件で一つだけ、注意喚起の意味を込めて書きたいと思います。
今更何を言ってるんだと思われるかもしれませんが、ネット・ブログで、見た事もない
 相手に安易に個人情報を教えるという軽率な行為はやはりやめるべきだという事です。
私自身、軽く考えていた節がありましたが、今回のAさんの件で初めてというか改めて
 というか、その危険を実感致しました。
Aさんは、友人たちに相談した際に怒られたと言っていましたが、いくらブログで親し
くやり取りしていると言っても、会ったこともない相手(ブログ主)に声をかけられて
簡単に 個人的な連絡先を教えてしまったのは、Aさんの軽率さに尽きる行為でした。

今回の件ではBさんから法的措置を重ねて提案されたAさんですが、「お互いに
住所も 名前も知っている訳だから逃げも隠れも出来ない」という前置きをされた上
での事だった のです。
もしも個人情報がなければ、削除依頼でここまでエスカレートしたり嫌な思いをすることも
 なかったかも知れません。

http://6254.teacup.com/koukaigiron/bbs/47 (注:掲示版閉鎖に伴いリンクは切れています)


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