障がい者を感動の対象にする愚

まずステラ・ヤングさんというオーストラリアの方のスピーチを御覧下さい。

私はみなさんの感動の対象ではありません
http://digitalcast.jp/v/20158/


この講演でステラ・ヤングさんは、「障がい者」を感動の対象として消費する
社会風潮を「感動ポルノ」と批判されています。
本人はコメディアンであり、ジャーナリストでもあり、教師でもあり普通に生活を
されているのですが、世間では「障がい者の」という冠詞が付けられます。
なるほど、昨年話題になった「佐村河内氏」の事件も、もともと「感動ポルノ」として
マスメディアが煽っていたという風潮がありました。

彼女は、健常者の「障がい者」に対する差別を、こう分析しています。

◎大多数の人が 障害者を教師や 医者やネイリストとは 見ないものです。
 障害者は人として扱ってもらえません 感動を与えるための存在です。
(略)
 私たちは嘘を教え込まれています 障害は完璧に悪いことで 疑いの余地
 なしという嘘です。
 障害は悪いこと だから 障害を持って生活するのは 立派な人だということ
 になります。

(講演より抜粋)


拙がネットで初めて出合った視覚障がいの方は、「いなほビッグワン」という
HNの日蓮正宗の門徒さんでした。
当初は、見えないはずなのに堪能に掲示版をつかいこなされているのを見て
「障がい者のナリスマシ」かと誤解していました。
結局、この方は秋田県に在住のマッサージ師さんである事を確認しました。

現在でも違うHNを使って掲示版を作成され、障がいのあるなし関係なく
ネットでコミュニケーションをされています。
フレームなしサイトで、自作のゲーム等を公開されていますのでその感想
などをフレームなしの掲示版で募集されているのです。
青森の専妙寺の所属の方だったと記憶していますが、現在はどうかは解りません。

この出会いを通じて、パソコンやモバイルを使ってコミュニケーションが
できるなら「病気」だとか「障がい」といった、自分と他者との差異は
「年令」や「性別」のように、あまり深く考える必要性が低い事に気がつきました。

同じように、視覚障がいをおもちで、個人店を経営されている千早さんは
ネットを通じて、自分に便宜を図ってくれる自称学会員さんとコンタクトを取り、
東京に上京された折の案内ボランティアや、ウェルカムパーティ、
御書のひらがな化などを委託し、負担をかけている事をただブログの記事や
コメント内で応援したり、感想をのべておられます。
つまり、前述の「いなほ」さんと同じく、なんら身体の障がいは関係なく、
コミュニケーションが取れているわけです。

しかし、彼女をサポートしている側が、やたら「感動的」な出来事であるかのように
記事にされるやりかたには、他の障がい者さんも懸念をされているようです。

おそらく、ステラ・ヤングさんが感じられているように「感動ポルノ」として
「障がい者」としての立場が消費されているという懸念ではないでしょうか。

現実社会で、健常者がおもいがけず障がい者さんをサポートするようなケースも
あるでしょうが、障がい者さんは、自分でできるような事までも手伝って欲しいと
は考えておられません。
自分ができるような事まで、されることを屈辱と思っている方もおられます。
またできる事までされてしまうことで依存心が生まれ、努力して達成感が得られる
という体験をする機会を阻んでしまう結果にもなりかねないというのが
障がい者や介助者コミュニケーションで教えて貰う初歩中の初歩です。
(参考リンク:自立支援のためにできること)
http://matome.naver.jp/odai/2135806981076137801


障がい者の感動話を好んで記事にする、菊川さんもヘルパー講習を受けて
おられるなら、聞いているはずです。

学会活動にしても教学のサポートにしても同じことです。
「本人はできない」と考えるのは健常者や資格取得者の思い上がりであり、
相手に対しての可能性を信じることを放棄した大変無礼な行為だということを、
知るべきでしょう。

最後に、ステラ・ヤングさんが願っている事を引用します。

◎私が住みたいのは 障害が特別視されるのではなく 普通だと思われる世界です
 
 
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フーテン信心とアバター

「フーテン学会員の独り言」を主宰する「太ちゃん」
彼が醸し出すフレンドリーな「かまってオーラ」で、ブログ村創価カテでの
上位登録者にコメント欄でご挨拶をされた方も多いでしょう。

かつては拙のお世話になっている富士宮ボーイ掲示板にも投稿して
いましたが、現在ではなぜか「投稿ができなくなっている」との事。
さりとて、拙の言説が気になるようで、昨年わざわざ「フーテン学会員」ブログに
「あべひさん関連専用記事」という別スレッドをたてて誘っていただいたので、
意見交換を試みたのですが、折りが合わず、約一年間塩漬けしておきました。

時折、拙の記事に批評をされているので、ご挨拶代わりに
彼の言う「ネットの師匠」とやらは誰なのかを聞いた所、えらく
ご立腹の様子で、「視界から消えてくれ。迷惑ですから。」と対話を拒否
されてしまいました。
http://megalodon.jp/2015-0129-1515-03/taicyan42e.exblog.jp/20209799/
「太ちゃん」は他人(特に学会員さん)を論評することは大好きですが、
自分を話題にされることがお嫌いです。

おそらく自分自身がネットで造り上げたフーテン学会員「太ちゃん」という
アバターのイメージを汚されることを怖れてるのでしょう。
アバターとはネット上でコミュニケーションをする際の
「自分自身の分身キャラクター」のことです。

そもそも「フーテン」とは、定職を持たずに盛り場をフラついている人を
指す、あまりありがたくない比喩描写です。

しかし「太ちゃん」はネット言論活動やコミュニティの意義を「フーテン」でありつづける
ことに見出しているといっても過言ではありません。

かつて「太ちゃん」はこのように自己紹介をしていました。


ちなみに僕は母からの学会二世で、現在は組織につかず内徳信仰をやってます。
(略)
僕は教学試験は「一夜漬け」で辛うじて初級試験が受かっただけで、途中より
途中から組織から漏れたままで、ネットをやる教学理解度に優れた壮年部より
教学の手ほどきをして頂きながら、私生活や仕事などで可能な範囲で実践して
いきながらの方法で、ある程度ですが『体感的な理解』ができたと実感しております。
ただ、この方法でしたから『実質的な師匠』となるのは池田先生ではなく
「ネットをやる壮年部」になっているのは自覚はしてましたが、他に手段が無かった
ためにそれで『縁』が切れるまで教わってきたんですね。

(No.36322 2013-05-30 15:02:53 「理」と「現証」との納得の違い 投稿者:太ちゃん)


ようするに、創価学会員を自称しているものの、今でも手段を持たず、実際には
ネットからの情報やコミュニティを糧として「ひとり信仰」を続けているということ
なのでしょう。

「通信教育」によって資格や単位を取れるような「宗派」ならば、よかったでしょうが
残念ながらリアルの創価学会では、好きな講師を選んで好きな教科だけを教えて
もらえるような私塾サービスを提供する業者とは違います。

また「太ちゃん」はこんな発言も残しています。

※☆ちよさん☆
僕は流転の人生で、あちこちの組織に着くも同じく『意味不明』という状態だった
んですよf^^;
流転の途中で曼荼羅を失う現証を機会に、空転してしまうだけのを思い知らされた
からなんですけど。
ちょうど時代はインターネットになっていて、ネットでたまたま教学理解度&小説家
志望という僕にはこれ以上にない壮年部の人に教学などを手解きして頂きながら、
仕事や私生活で『現証の裏付け』を地道に重ねながらやってきたんですよ。
http://tomotiyoo.exblog.jp/21197395/



それであるから『内徳信仰』を『お試し期間』として勧めたいと思って
ここを本格的に始めたんです。
『実感』が湧くぐらいはすでに結果が数人から聞かされてます。
大きな問題にはちょっと難しいにしても、『功徳』がどういうものか
実体験できるぐらいに構成していく予定です。

http://megalodon.jp/2014-0626-1458-56/taicyan42e.exblog.jp/20750470/



ようするに、宗教組織に属さず、10年以上も本尊すら保てない状態でも、
自分が「功徳を得た」と感じられているので、おなじような信仰スタイルを
勧めるためにブログをはじめたということですね。

こういった「自分本位」の擬態信心をしている「元学会員」さんがネットには
何人かおられます。
その一人が、菊川広幸さんが指摘した、極悪ブログ「創価学会員駆込寺」
「ひとり信心の会」を主宰する方です。

フーテン信心のアバターがネットで行き着く先は、創価学会や組織を批判
しつつ、自己優位な形で創価学会員にコンタクトをとりたくて仕方が無い
「ないものねだり」の満たされない境涯なのです。








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愛の証明と脱衣

ある大学の非常勤講師さんが、同居中の女子学生に
「私に信じてほしいならば、ここで裸になってくれ」と言われキャンパス内
で全裸になったところを目撃され、騒動になり辞表を提出されるといった
事件がありました。
【参考リンク】
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1501/10/news017.html?fb_action_ids=1522562428011830&fb_action_types=og.likes

パッと見、「馬鹿なことをしたもんだ」とお考えの方もおられるかとおもいますが、
これと似たような情報のさらけ出しは、ネットコミュニティには時々あります。
さらけ出すのが自分自身なら責任を取ればよいのですが、自分の妻や子供
、友人・知人おかまいなしで撮影した画像をネタにしているブロガーさんは
意外に多いですよね。

先だって「情報ヌーディスト」という記事内でも取り上げましたが、
注目をしてほしくて、プライバシーをさらけ出すという心理の他に
今回ように、信用してほしくて、プライバシーをさらけ出すとい心理面も
あるとおもいます。

脱衣してしまった非常勤講師さんは公序良俗に反してはならない場所で、
すべてをさらけ出すことで、彼女の信用を取り戻そうとした。
そのかわりに仕事ができなくなってしまった。
これで彼女との信用も戻らなければ、最悪です。
これは実際に起こったアブノーマルな事件ですが、
ネットでは貴方と私の間で「信用」が成立する方法であっても、世間では憚られる行為が
容易にできてしまうわけです。

弁護士ドットコムで興味深い質問がありました。
「結婚式で撮った友人たちの「集合写真」 フェイスブックに勝手に投稿してもいいの?」

皆さんはどうお考えでしょうか。

結論からいうと、公開されたこと自体がすぐ「法」に触れるわけではないが
、「知られたくなかった人」の存在があるかもしれないことを配慮し対策を
しておいたほうがお互いが気持ちよく利用できるのではないか・・ということだそうです。
たしかにその通り。

情報ヌーディストが氾濫している昨今では、宴会でも友人の旅行にしても
家族にしても「写真」を取る場合は、あらかじめ「友人内のみでの公開」をルールにしておく
などの、お約束が必要になる時代になったのですね。



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宗教間対話とテロリズム:創価の森ウォッチ120

テロの襲撃に遭った「シャルリエブド」誌での、ムハンマドの風刺画
再掲載は世論を騒がせました。
学会員さんの間でも話題にされるかたがおられ、当初は風刺画を転載
したうえで、論評をされていたのですが読者の善友のの忠告を受け入れ
画像は削除されました。懸命な判断だとおもいます。

ところが、創価の森シリーズのブログを運営する菊川広幸さんは
あい変わらず、

「世界はイスラム教をさらに恐れるに違いない」(“「イスラム国」人質事件”より抜粋)
http://sokamori2.exblog.jp/24046404/


と、特定の宗教へ懸念として公表しています。
果たして、世界的視野に立ち、テロリストたちをみて、イスラム教そのものを
怖れる人がいるのでしょうか。

まず日本国内で考えてみましょう。
今のところ、日本国内のムスリムはフランス同様マイノリティ(少数派)に属している
と思いますが、「イスラムは恐ろしい」といった話は、聞こえてきません。

そもそも日本は1979年に“経済的・社会的及び文化的権利に関する国際規約”
いわゆる「国際人権規約」 に批准(条約に拘束されること)しています。
(ちなみにフランスは加入しているけれど現在でも批准していない)
この規約にも「信教の自由」や「表現の自由」の保障がうたわれていますが
同時に


諸国民の間及び人種的、種族的又は宗教的集団の間の理解、寛容及び友好を
促進すること並びに平和の維持のための国際連合の活動を助長することを
可能にすべきことに同意する (第13条の1)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo8/gijiroku/020901hc.htm


とあります。
さらに、ここからもう一歩踏み込んで

“宗教または信念に基づくあらゆる形態の不寛容および差別の撤廃に関する宣言”
(1981年国連総会採択)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo8/gijiroku/020901hh.htm


にも日本は1995年に批准しています。
ちょうど、阪神大震災、オウム真理教無差別テロがあった年です。

つまり、日本ではあからさまに、特定の宗教の根幹を侮辱しそれを報じる事で敵愾心
を煽るようなマスコミ記事はありません。
もちろんこれは「人種」であっても同じことです。

しかし、「東京新聞」ではムハンマドの風刺画を掲載したために
日本在住イスラム教徒が抗議をしたとの報道がありました。
【参考リンク】
http://www.asahi.com/articles/ASH1P5KN5H1PUTIL02F.html

東京新聞曰く
「侮辱する意図はまったくなく、問題の判断材料を読者に提供するために載せた」
とのこと。
風刺画そのものが、信仰の根幹に対する「侮辱・冒涜」であたるかどうかは
全く考慮にいれていないとの判断です。

そもそもこういった、報道する側の宗教的「無認識」「理解する努力の放棄」こそ
が不寛容の発露であり、差別を助長するの根源ではないでしょうか。
そして、相手を理解するために認識のミゾをうめようとする努力こそが「対話」
なのです。

滑稽なのは「宗教間の対話」の必要性を説いている人の中に「相手を理解する努力」
を放棄したまま、スローガンとしてのみ「宗教間対話」を掲げている方がおられることです。
人道主義者であるかのような虚栄心が見え隠れします。

昨今のテロリズムは、オウム真理教のように、自分の集団の意に沿わぬものの
排除であり恫喝であり、賛同者募集、経済的支援募集の「コマーシャル」の為に
人命を奪うことだといえるでしょう。
恐怖による支配は「宗教的な意義」を弘める為の行為ではないことは確かです。

今回自称「イスラム国」が二人の日本人を誘拐し、金銭を求めてきました。
いままで「宗教上の大義」の為に一般人を殺害してきたにもかかわらず、
バケの皮が剥がれ、単なる「強盗団」であることが明白になったと思います。。

にもかかわらず、21世紀のテロリズムが中世よろしく国家間の「宗教間紛争」の
延長上だと単純解釈し、思考停止されている方は、
「テロリストはイスラム教なんだって?怖い宗教だね」とさらに畏怖心を煽って
「対話」など、できようはずもありません。

創価学会インターナショナル(SGI)会長が毎年、1月26日に、SGI提言を
発表しますが、昨年(2014年)の提言にはこのようにありました。

“「テロの脅威」を理由に特定の宗教を信仰する人を十把一絡げに
 危険視する風潮を煽るような動きをはじめ・(中略・”
“その底流に善悪二元論的な思想があるかぎり、かえって恐怖や不信の
 渦を強めて、社会の亀裂をさらに深めてしまう恐れがあると言わざるをえない”

(第39回「SGIの日」記念提言より抜粋)



つまり、創価学会員さんが師匠としている「池田大作」氏は
無理解・思考の単純化による「善悪二元論」が分断の「因」となってしまう事
を指摘しているのです。

テロはテロとして対処し、犯罪は犯罪として対処するのは道理に適っていますが、
「テロと既存の世界宗教」を絡め考えるのは愚かです。

このような発想こそが「十字軍との戦い」と位置づけるテロリストとなんら
本質が変わらない扇動だということに、気がつくべきではないでしょうか。

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情報ヌーディスト:真実を語るウォッチ13

( 初出 2013/11/13 追記修正 2015/1/23 )

墨田区の婦人部ちよさん。

彼女もまたランキングによるネット活動家の優位性を信じて、あれやこれやと
影響を受けてしまうタイプの方のように感じます。
誰かに評価されたり、見られていると感じるのは、ある意味快感でしょう。
けれど、それに溺れてしまえば活動自慢のオンパレードがはじまります。
さらに、コメントをよせるオトモダチが賞賛すれば、さらに一枚、もう一枚と
プライベートをさらけ出す、情報ヌーディスト状態におちいります。

自分の事だけならいざしらず、自分と関わっている人の情報までダダ漏らしに
なるから恐ろしいです。
すでに、ちよさんは養父様の人生体験の代弁者状態です。
最近は闘病中の方の代弁者もされています。
親孝行ネタ、過去の人生体験も菊川さんの受け売りだといえます。

「ちよ」さんとなじみの深い、福島の壮年さんはネットコミュの「有意義な活用法」
を提案されておられました。

※譲れない一点もまた、それぞれでしょう。
 そういう点をお互いに注意しあっていく。
必要があれば、とことん議論していく。

 
 
これが簡単なようで一番むずかしいです(笑)
お互いが依存し合わない「一人たつ精神」が必要になってくるように思います。
提唱者の福島の壮年さん御自身、誰かを注意されにくることはあっても
「議論」を拒否されている状態です。
しかし、理想と現実との乖離は皆さんにもあるのではないでしょうか。

ここで生きてくるのが「経験させていただく」といった対等の心構えだとおもいます。
ネット上では現場の役職や年令、性別や家庭の事情といった個々の差異は
議論する立場上さしたる影響はありません。
恥ずかしながら、10数年前、私は日顕宗やアンチ学会の連中、共産党員に
ネット上で始めて罵詈雑言を浴びました(笑)。
当時は、狭いコミュニティ(ニフ通など)のネット通信からインターネット上
の大手検索サイト公開掲示板に書き込むといったものでしたが、ダイヤルアップ
回線の時代です。

当時から学会員さんとの交流もありましたが、アンチさんも入りたい放題でした(笑)
ただし、この時代は携帯電話ではネットにつなげず、家庭でネットにつながって
いる契約者数がまだ1500万件程度でした。
2000年問題なんて懐かしいですね(失笑)
(2001年発表の総務省のデータ)
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/pressrelease/japanese/sogo_tsusin/010131_3.html

別のデータによれば、インターネット利用人口が
2001年(平成13年)末・・5600万人におよび、普及率は46.3%
2012年(平成24年)末・・9652万人におよび 普及率は79.5%
とほぼネット人口は倍に達しています。

現在のブログのネットサービスはスマホなど簡便なものに特化されつつあります。
固定のブログで大量の文字数を割いたところで「特定」の人の目にしか留まりません。
ユーザーとサービスが多様化しているからです。
つまり個々のブログといった基準で見れば、一つ一つの味が薄まっている状態です。
だからこそ日本ではバカッター現象のような 「なんでもいいから目立ちたい」
というリスクだけが高い一発屋の遊び的風潮がもてはやされ、他国のように、
腰をすえてある議論を真面目に交わし合うといった対話ができにくい状況が
あるのも事実です。
(もともと日本人は知性や見識を弘めるために情報コミュを使うよりも
    趣味に走りやすいとの批判もありました。たしかwikiペディアです)
地上波の民放テレビの番組編成みたいなものですね。
これは継続的にみてみたいと思うものがない。

そんな状況にもかかわらず、拙が数年前にやっとブログを持ったのは、創価の鯖板
での掲示板のあり方を議論していた際に、菊川さんや鯖くんがあべひさんは
ブログや掲示板を持っていないから管理の大変さが解らないんだと批判されたのが
キッカケです。

最初からブログのコメント欄を閉鎖して、ご意見がある場合は公開掲示板に
書き込む事(第三者の目にもさらされる事)を前提としてしか受け付けていません。
(富士宮ボーイ掲示板管理人殿本当にありがとうございます)
人前に出せないような内容を、記事の付則のようやコメント欄や内々のメールで
送りつけられるのは御免ですし、実際にメールを介して恫喝された学会員さん
までおられるのです。
余計なおつきあいを制限しているおかげで、ブログをつくっても富士宮ボーイ掲示板や
他掲示板のみで議論している頃同様、たいして手間は変わっていません(笑い)

しかし、ネットでコミュニティを造ることで、誰かの為になっているなどと「生き甲斐」すら
感じている人は違います。
毎日記事を更新し、コメント寄せるオトモダチに即返答をし、親しいブロガーのところに
あいさつをして足跡を残してまわり、明日の記事の内容を考え勤行唱題。
大変な労力と時間をネットコミュの為に割いておられます。

過日、中日新聞のコラムに「本日でFacebookをキッパリやめます」と
SNSから足を洗われた方が取り上げられていました。
【参照リンク: <ほどほど道> (4)つながりすぎない 中日新聞社】
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/hodohodo/list/CK2015010702100012.html


家族の暮らしぶりをマンガにされていたのに、SNSでの対応で、だんらんが減っていく矛盾。

これと同じ事が、ブログを運営されている学会員さんの「学会活動」には起こらないと
だれが断言できるでしょう。

「つながりすぎる世界」で犠牲にしているものが、なにかある。
毎日投稿、毎時報告、レスは深夜早朝でも、すぐさま返すようなタイプの人
そして、そのような方に依存することでネットコミュを楽しんでいる人。

「お互いさま」ではなく、相手の事を真剣に考えてみませんか。


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皆さんは「シャルリエブド」ですか?

フランスでのテロに関して「シャルリエブド」という三流紙が話題になっています。
イスラムの預言者ムハンマドを風刺しまくって部数を稼いでいる週刊誌です。
テロによる無差別殺人には断固反対しますが、下品な風刺はヘイトスピーチと
おなじで、「表現の自由」にあぐらをかいた、少数弱者への人権侵害です。
それは、大衆娯楽の「風刺」などではなく、憎悪をかき立て自尊意識を満たせ、
なんら関係のない善良なイスラム教徒との分断を勧め、平和を脅かす挑発行為。

そもそも「表現(言論)の自由」は権力に対する、力なき民衆の対峙法では
あるまいか。

あのような記事を片手に「私はシャルリ」?とんでもない。
実際に預言者ムハンマドが“私はシャルリエブド”のプラカードをもっている
風刺画は大増刷され、普段は買わない人までもが購入しているそうです。
ネットでいうところの「祭り」とおなじ現象がおこっているといえます。
「人の死」を利用して、自利をむさぼるならば、それはテロリズムとおなじことでは
ないでしょうか。

かつて、「言論のテロリズム」という書籍を読みましたが、警察がマスコミに
情報をリークし、さらにマスコミはデマや憶測を交えて世論を形成し、被害者を
「犯人」にしたてあげ、それを警察が自白させるために利用するといった
悪しきメディアスクラム(報道被害)の構図が指摘されていたことを思い出しました

不幸中の幸いか、日本などでも「シャルリエブド」のやり方に懐疑的な
方がおられたり、「言論の自由」がおびやかされるかのようなすり替え論に
懐疑的なイスラム教徒の方の言論も「ネット」を通じて配信されています。

【参考リンク】
◎「風刺画ならば許される」は欧米の「おごり」? 
 日本のネット、米国の一部でも「シャルリ」に疑問の声
 http://www.j-cast.com/2015/01/14225219.html


----
◎イスラム教徒として言おう。「言論の自由」原理主義者の偽善にはもう、うんざりだ
http://www.huffingtonpost.jp/mehdi-hasan/charlie-hebdo_b_6476358.html?ncid=tweetlnkjphpmg00000001


私もほぼ同意見です。

しかし「創価の森の小さな家」ブログを運営されている菊川広幸さんは
“しかも卑下するイラストを「抗争を繰り返してきた異教徒」が描く
 というのだから、当然、物議をかもす。”
(引用元:宗教間融和への訴え http://sokamori2.exblog.jp/24015120/)


と、今回のテロリズムが風刺画を書いた側の「宗教」が問題の根幹であるかのように
解されたうえで融和をなどと訴えています。

イスラム圏では偶像崇拝を禁忌しており、預言者ムハンマドといえど偶像化すること
をゆるしていません。
イスラム教以前の中東での宗教は、偶像崇拝、多神教であったからだとも言われています。
創価学会員さんにわかりやすく言うならば、日蓮を「末法の仏」として拝・す・ることと
日蓮そのものを偶像化したものを拝むことは違うようなもの。

ともかく、そういった事実を知らず「シャルリエブド事件」をキリスト教対イスラム教の
「異教徒の対立だ」として混同したままでは、宗教間融和はほど遠いとおもいます。
キリスト教にしてもイスラム教にしても本質的には「殺人」を肯定するものはありません。
繰り返しになりますが、テロは宗教的にも人道的にも許されるものではないのです。

皆さんはは、いかがお考えでしょうか。





関連記事

菊川さんがナリスマシだと糾弾した人物:創価の森ウォッチ119

大河さんのブログに「いまり」さんがお礼のコメント投稿を
されていました。
「いまり」さんとは、菊川さんや一部「ブログ村創価カテ」の人気ブログ
上位の方々から「ナリスマシ」だと断定された「どら猫」氏の奥さんだそうです。

部分引用させていただきます。

//////////

※人として私とどら猫に対応して下さった方々の器の広さに、感謝しております。
 またその様な人になりたいとも思えます。
 今度は私が暖かく見守れる人に。
 (略)
 全ての無明は己の内包より生まれる。
 己が己を見ずして、無明を歓喜になど出来はしませんよね。

 う〜ん、解釈がおかしいでしょうか?
 何にせよ《入信四年目》の私ですので、理解も心許ないのです。

(2015-01-04 18:14)

/////////

別の投稿では、活動を停止したという「どら猫」さんと学会活動をはじめられた
との紹介がありました。
心配なさっていた方からすれば、まずは一安心といったところでしょうか。

もともと、どら猫さんはgooブログに
「創価学会の教義と本尊。建前と現実の創価学会」というブログ。
FC2に「創価学会の問題」というブログの二つを昨年の6月頃にはじめたようです。
サブタイトルに
「創価学会の活動を停止した壮年部です。脱会はしていません。」と
あったことから真正の学会アンチさんにも「これは内部攪乱のチャンスだ」と
注目されてしまったようです。
またブログ村の創価カテに登録され、ランキング上位になってしまった事も
他の学会員さんから「印象を悪く」したでしょう。
特に「創価学会の問題」での内容は記事はもとより、そこにコメントを入れて
学会批判を煽る輩もいたことで、ますます「どら猫」さんは「賛同を得た」と
ばかりに増長してしまいます。
(参考魚拓:創価学会の問題は、間違った日蓮一派を形成したこと)
http://megalodon.jp/2014-0612-1746-28/soukanomondai.blog.fc2.com/


他の学会員さんのブログでちょっとした話題になったこともあってか、
9月には「どら猫」さんのブログに「いまり」さんも登場されていました。
そういった中で、コメント欄を通じ「ちよ」さん、大河さん他の方が学会員
として対話を試みておられました。
(当時の「創価学会の問題」ブログの魚拓)
http://megalodon.jp/2014-0904-1524-17/soukanomondai.blog.fc2.com/blog-entry-83.html


拙は当時、内部の方が複数人以上で誹謗中傷していた「組織糾弾掲示版」
に、かかずらっていたので直接コメント投稿したことはありませんが
後に、まだ残っていたキャッシュを保存しておきました。

さて、9月3日に突然、菊川広幸さんが「創価学会の問題情報について」
という、どら猫さんのブログを意識した記事を掲載しました。
そこまでは記事に対する批判だったのですが、菊川さんもまたコメンターに
煽られる形になりました。

※役職も放棄してネットなんかで叫んでいるのは、単なる問題児
 (問題ジジイ?)だと言いたいっす。
(参照リンク)
http://megalodon.jp/2014-1017-1327-04/sokafree.exblog.jp/23312172/

さらに「創価学会の問題」ブログに対するレポート記事を短期で連続させ、
ついには

※リンク先からは、上記のアンチサイトを消去しています。
 リンク先を消去した上で、今度は、擁護する正当な学会員のブログを
 リンクして「私はナリスマシではない」と述べています。
 皆さん、騙されないようにしましょう!(ナリスマシを見抜く方法より抜粋)
http://megalodon.jp/2014-0909-1430-43/sokafree.exblog.jp/23345383/


※ニセ札も、精密なものほど罪が重いように、soukanomondaiが、もし仮に本物の
 地区部長だったとしたら、さらに罪は大きいと言わざるを得ません。
「soukanomondaiは反省したのだし、内部なんだから批判するのはオカシイ!」と
 騒いでいる人たちに問いたいと思います。
実在しないかも知れない内縁の妻のブログを盲目的に信じ、今回の根本問題を
棚上げしていいのでしょうか?

(追跡調査より抜粋)
http://megalodon.jp/2014-1017-1335-09/sokafree.exblog.jp/23382392/



と断定するに至ったのです。
創価の森に掲載された、これらの記事に流されれて、「ちよ」さんや他の方も、
与同されました。

で、本当に「どら猫」さんはいわゆる、学会員を装った「ナリスマシ」だった
のでしょうか。

以下のリンクは「創価学会の問題」ブログがFC2からライブドアに移転した
時の投稿を魚拓しておいたものです。ご確認ください。

soukanomondai〜妻の訴え
※写真がどこまで証明できるかわかりませんが、信じてくれた方々、ありがとうございました。
http://megalodon.jp/2014-0909-1814-17/blog.livedoor.jp/soukanomondai/?p=2


そこには、謝罪文を掲載されたこと、奥様(いまりさん)の
訴えでFC2のブログを削除されたという趣旨の投稿とともに
お二人の手に、広布部員申込書。
この投稿は2014/9/8日に投稿されたものであることが確認いただけるでしょう。
ブログが移転されたことを記事にしている菊川さんは
この投稿を必ずみています。

その上で「ニセ札も精密なものほど罪が重い」などと菊川広幸さんが強弁して
おられるわけです。
ちなみに「ニセ札」は造った時点で重い罪に問われます。精巧さは関係ありません。
まして、事実をまげ軽々に「ニセ札」だなどと吹聴する行為は言語道断と言わざるを
得ません。
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学会員さんが同志を侮蔑すること

大河さんのブログで、境涯革命をされたと自称する菊川さんから
「ナリスマシ」だと認定され、いまでも記事を公開され続けている学会員さんが
おられます。「創価学会の問題」ブログを運営していた「どら猫」さん。
そして、その奥様の「いまり」さんです。

どら猫さんはブログの閉鎖とともに、ネットには出没されていないようですが
「いまり」さんは時折、大河さんのブログに自分なりのコメントを書き込まれて
いました。
菊川さんから「ナリスマシ」と侮蔑をされ、福島の壮年さんから
「退会されたほうがすっきりする」と論評されてしまった「どら猫」さん
が、その後どうされたか気になっている方が何人かおられることを、覚えて
おられからだとおもいます。

必然的に、お聞きしたいことも昨年秋の話題になります。

ところが、福島の壮年さんが「その話題には触れるな」と
書き込みにこられるわけです。

読者のみなさんに、勘違いをしてほしくないので念をおしておきますが
「いまり」さんは、学会活動に対する不平不満、そして創価学会に対する
批判をネットで公開していたわけではありません。
むしろ、「創価学会の問題」を閉鎖させたのは「いまり」さんが「どら猫」
さんに訴えたからだという事が今回明らかになりました。
【参照リンク:広い世界・狭いブログ村】
http://miraihisyo.exblog.jp/24019490
/

そして、「いまり」さんは福島の壮年さんにたいして
「退会されたほうがすっきりする」発言の真意を問われました。
コメント欄に投稿されたものですが、大河さんがスレッドに建て直し
されたので、こちらもリンクを貼っておきます。

【福島の壮年さんへ・いまりさんから公開質問です】
http://miraihisyo.exblog.jp/24021022/


今朝、いそがしい時間をぬって福島の壮年さんが返答をされました。
以下抜粋します。
/////////////////////////

※そしてお二人は、反省をし、共々に現場の活動に戻り、ネット上の
 誤りを繰り返さないと誓われたものと受け止めています。

※お2人をネットから離れさせ、現場活動に専念させるべく、
「お2人のために」取り計らってきた筈の「彼らの擁護者」の方たちが、
いつまでも騒動の残滓を燻らせ続けているのか、それも私には、理解できません。

※なぜ今更のこのことネットに本人が顔を出し、騒動をぶり返そうとするのか、
「本当に反省したのか」と疑わざるを得ませんね。
あなたたちに、「言い訳がましいことをし続ける」資格はありません。
「現場」で贖罪の活動をしてください。
「懺悔の題目を」あげ続けてください。
私から言うべきは、それだけです。


///////////////////(以上)

福島の壮年さんの「真意」は、冷酷な取引だとしか私には感じられません。
ネットで「身内が起こした不祥事」に端を発する誹謗は、黙って甘受し、
事実と異なるデマがであったとしても学会員さんが掲示したものに対して
「話題にすること」すらゆるされない。

まして、暴言を吐いた自分の責任を、大河さんやいまりさんの責任に擦り付ける。
傲慢そのものですね。

菊川さん、「ちよ」さんと違って、福島の壮年さんは
どら猫さん、「いまり」さんが学会員さんであることを認めておられる。
にもかかわらず、御夫婦の連・帯・責・任をとなえ、
「いまり」さんに、ナリスマシ糾弾にかかる個人的発言はネットでするなと
おっしゃる。
「いまり」さん側からすれば、騒動の元になったとはいえ
「明らかに事実と異なる」記事を公開されたままなのに、なぜ
疑問を呈することすら許されないの?とお考えでしょう。
事実に反する内容とは「信心をしている個人にとっての最大の侮蔑」では
ないのでしょうか。

この件は「表現の自由」と「信仰への侮辱(それも最大級の)」を天秤にかけ
『俺たちには権利があるんだよ』とタカをくくっているフランスの出版社。
それを真に受け「我々の自由をまもれ」と叫んでいる、にわか仕込みの
ヒューマンライツな方々との構図と似ているとおもいます。
つまり
「~をやめさせないかぎり、お前たちの「信仰の根幹」は
 侮蔑され続けてもしかたがないのだ」というメッセージを
発して、それにに気がつかないまま、同じ看板をかかげる大衆。


日顕宗が、学会の曼荼羅は「ニセ本尊」だと罵っているのも同じですね。

どこまでが許されるのか。 今一度考えなおしたほうがよろしいのではないでしょうか。

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心の復興(レジリエンス)

1995年1.17は火曜日でした。
ちょうど仕事が休みだったので帰省していたのですが、早朝に目が
覚めその直後に床をぐるぐる回されるような大きな揺れがありました。
不思議なことに、棚の本などは落ちなかった。
家族の安全を確認したあと、すぐにテレビをつける。
滋賀5、京都5、大阪4・・と震度が表示される。
あぁ、京都か滋賀が震源だったかな?とおもう。
が、兵庫県南部の震度がいつものように表示されない。
なかなか表示されない。
鉄道が止まっている。停電している。被害が大きい・・
アナウンスでの情報が繰り返される。頻繁に余震が続く。
大阪のテレビスタジオが揺れる。十数秒後にこちらも揺れる。
不思議な感覚。
八時ぐらいだっただろうか、ヘリからの映像が入ってきた。
神戸の町が壊滅していた。「あーっ・・・」テレビから目が離せなくなった。
とにかく未曾有の災害をビデオで録画しなければと考える。勤行をする。
どれだけの方が犠牲になったか、想像が付かない。「えらいこっちゃ」以外
言葉がおもいうかばない。職場に電話をかけてみるがつながらない。
なんとか夕方に電話が通じ、無事を確認。
夜までに、なんとか京都までは各停列車が動きはじめた。

わたしが体験したのはこの程度です。当時未活動でした。

しかし、財産を失ったかた、目の前で身内を亡くした方、友人知人を
亡くされた被災者さんの闘いが1.17からはじまりました。
また被災者さんを通じて人生の転機を迎えられたかたもおられます。
後に、ボランティア元年と言われるように、人と人との「絆」の重要性を
再認識せずにはいられませんでした。
『 今、自分にはなにができるのだろうか 』
--
多くの犠牲を目の当たりにしたあらゆる方の脳裏に「復興」という共通の
願いが刻まれたことでしょう。
震災当時は「携帯電話」どころかFaxも一般家庭にまだ普及しておらず、パソコンも
インテリジェンスしか扱えないといったマニアックなツールでした。
情報の伝達には時間と手間がかかる。行政やマスコミは当てにならない。
だからこその、ヒューマンネットワーク。「絆」だったのかもしれません。

---

今、震災から20年たちました。
車窓からみえる神戸の町は、震災の傷跡を残していません。
ところどころに残された震災遺構をさがすほうが難しいほどの「復興」を遂げました。
10_1011明石神戸_0006_R
平成24年には日本の94%以上の方が携帯電話をもち、電話ワクを超えた「小型の情報端末」
を約50%の方が保有しています。

【参照リンク】 http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h25/html/nc243110.html



ツール、そしてサービスの普及で、より個人ベースでの「よりそい」や「絆」といった
結びつきは、便利になったはずなのです。
NHKアンケートによると、被災者で「心の復興」を感じているひとは8割程度。
しかし復興の実感が50以下であると答えた方が12%ほどおられます。

【参考リンク】阪神・淡路大震災 あの日から20年 「心の復興」は
http://www.nhk.or.jp/ohayou/marugoto/2015/01/0115.html



中でも、気になるのは経済的な復興が心の復興を妨げているという結果が
でている事です。

※阪神淡路大震災20年アンケート 
http://www3.nhk.or.jp/news/hanshin20/



震災当時は、国として支援するのは、がれきの撤去やインフラの復旧までで
個人の財産再建に支援するという法律がありませんでした。
憲法違反であるとする論すらあったそうです。
公明党の強い働きかけもあって三年後(平成10年)「被災者生活支援法」が
施行され、内容も拡充されてきましたがそれまでに自己再建をはじめおられた
方は借金、それにかかる利息が重くのしかかったままだという事だとおもいます。

それともう一つは、せっかくがんばって復興住宅から地域に戻ったのに
他の住民、職場が戻らず、元のコミュニティの復興とまではいかなかったこと
があげられるでしょう。
住民の生活の基盤となっていた地元での「仕事」「お店」、そして「利用者」
が戻ってこなければ、せっかく借金をして復興させても経営が成り立ちません。

震災当時高齢になっておられたかたは、故郷に戻ることすらできず、今も残る
「災害復興住宅」で孤独死をされている現状を聞くと心が痛みます。

【参照リンク】“悲惨な死を防げ” 医師20年の記録
http://www.nhk.or.jp/ohayou/marugoto/2015/01/0116.html



人間にはだれしも、心の復活力がそなわっているとおもいます。レジリエンスです。
SGI提言でも取り上げられましたが、
「強力な社会的レジリエンスの存在する所には、必ず力強いコミュニティ
 が存在する」(レジリエンス 復活力:ダイヤモンド社)

社会(公共)的財復興、個人まかせの資産復興ではなく、人間同士の顔が見える
力強いコミュニティの復活こそが、社会的復興にもつながるのではないでしょうか。

亡くなられた多くの犠牲者、今も苦しんでいる被災者さんたちから、心して
学ばねばならない事が、私たちにはまだまだたくさんあるとおもいます。
語り伝えなければならないことがあるとおもいます。
今、他人の苦しみを見て「座して傍観」しているだけならなおのこと、自分で
できることを模索しなければならない。
それが創価学会で言うところの「同苦」だとおもいます。

震災犠牲者6434人の、ご冥福を祈らせていただきます。

2015 1.17 あべひ合掌

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