スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

自衛隊の違憲行為とはなにか

政治コメントとして「安保法制 なにが違憲になるのか」を公開させて
いただいたところ、興味のある方が多いようです。
遠山議員の動画頼みで肝心の「なにが違憲になるのか」を自分の言葉で
表現しきれていなかったので、改めて説明させていただきます。

自衛隊という組織は他国の軍隊と違って「法律で定められた行為」しかできない
という、ポジティブリストによって活動しています。

今回提出されている「安全保障関連法案」を、個別で見れば自衛隊が行使する
業務のルールを、現状に合わせ修正しています。
話題となっている「集団的自衛権の行使」については大前提となる新三要件を
規定しています。

公明新聞に掲載されていた相関図が解りやすいでしょう。

安全法制の全体像



ところが野党はこの「三要件」の存在をあまり議論せず、現状に加えられる
新たな修正部分のみを指的し、「戦争につながる」との懸念を繰り返しているに
すぎません。
いわば「反戦原理主義」といえるでしょう。
(原理主義=
 基本的な理念や原理原則を厳格に守ろうとする立場・反世俗主義)


原理主義の定義にみられる「基本的な理念」「原理原則」と言われる
といかにも正しいように思われるかもしれませんが、世界中を恐怖
たらしめているIS(イスラミックステート)やかつてのオウムのように、
「人の救済」を目的とした宗教を「殺人」という相反する価値を肯定
させる依文として利用しているといえば良いでしょうか。

ちょうど、公明新聞には「本筋の議論が必要」との
主張が掲載されていました。

※野党側は、新法制では“他国を守るための武力行使が
 できるようになる”から「違憲法案」と繰り返す。
 これでは、議論が入り口でつまずいてしまう。
 (略)
 憲法の平和主義の下で、国民の安全を守るために何が
 できるのか。本筋の議論が必要だ。

【公明新聞 2015/6/26付 コラム「北斗七星」より抜粋引用】
https://www.komei.or.jp/news/detail/20150626_17359


私も全く同感です。
いうまでもなく公明党は「改憲」の立場ではありません。
第九条や専守防衛の自衛隊の理念を堅持しつつ、どこまでが
「防衛行動」として許されるのか自民党との議論の末、与党として
一つの「解」を提示しているといえるでしょう。

さて、自衛隊は自国の防衛以外にもPKO平和活動等を実行していますが
これについて「海外派兵だ」「リスクが高い」と批判される方はあまりおられないようです。

私が気になったのは、 武器を使った「かけつけ警護」の
自衛隊員のリスクについての質問です。公明党の、いさ進一議員の
安全特別委員会での質問(2015/7/1)YOUTUBE動画のリンクを
貼っておきます。 (10分頃から)


自衛隊はアフリカのザイールで国連PKO活動に従事
しています。ザイール(旧コンゴ)では隣国のルワンダ難民
が押し寄せたこともあり1994年に三ヶ月間救援活動を行いました。

当時日本の医療NGO等も参加したそうですが、群衆に囲まれNGO
の車両を強奪され孤立、PKOで駐留している自衛隊に救援要請が
されたそうです。
ところが、「駆けつけ警護」が自衛隊任務として(PKOではなく)
法整備されておらず、苦肉の策として所持武装を極力おさえた
「輸送任務」を急遽したてあげ、邦人を助けにいったのだそう
です。

【参考リンク:ルワンダ難民のための自衛隊派遣】
http://www.worldflags.jp/blog/4978/


ティモールでも同じような事があったというではありませんか。
いつ武装組織に襲われるかもしれない危険な状態に、丸腰に近い装備
で「自国民救出」任務を果たした現場の自衛官に対し、国内では事実上
の「駆けつけ警護」を行ったということで一部批判が上がったそうです。
憲法に抵触する行為、つまり違憲行為だというのです。

21世紀の「戦争」は国家間の総力戦はほとんどなく、国の統制
が及ばない武装集団との「紛争」が全国拡大するという、日本の
歴史でいえば「戦国時代」さながらの様相を呈しています。
しかも刀と鉄砲、火縄銃と連発銃のような武力的格差はなく、
武装組織とはいうものの小火器等の「携帯個人武装」は先進国と
同じ高性能なものを所持しているのです。

「武装」をすることで、相手側を刺激したり戦闘になるのでは
ないかという危惧論は、すでに実働部隊として動いている
自衛隊員のかなりのリスクの上に成り立っているのです。

実際に現場で起こっている「危険」な任務を尻目に、国内の
超安全地帯から「平和憲法の体裁」ばかりを唱える方と、
福島原発事故の処理を請負会社に実行させて、会社のブランド
を汚さないことだけに労力をそそいでいる東電の経営陣とが
私にはダブって見えます。

なぜ安全法整備を急ぐのかといった批判がありますが,私は現状が
自衛隊員にリスキーだからだと答えておきます。
日本の領土外で活躍されているNGO、NPO、また自衛隊員にしても
「日本国民」であることは同じです。
ならば憲法第十三条
「  生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の
 福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする 」の条文を
法的に瑕疵のないNGOやNPO、自衛隊組織にも適用してしかるべきだと考えます。

関連記事
スポンサーサイト

誓願勤行会とネットコミュ:創価の森ウォッチ 127

数年前からネットコミュニティのメンバーに対する「プライバシー」に
配慮の甘いブログ主さんがいることを話題にしてきましたが、またも
「創価の森」、「ひらがな御書」ブログを運営する菊川さんが実利的サポートを
している、千早さんとおっしゃる視覚障がい者さんの上京レポートが公開されました。

「創価の森通信」に 「ひらがな御書物語り」 というカテゴリーが組まれ山口県から
誓願勤行会に参加する為に上京された「千早」さんの行動を中心に、企画
をした菊川さんが千早さんらを取材しブログの記事にしたてあげられています。
その記事に逐一、菊川さんが撮影した「画像」が添付されています。
いちおう「視覚障がい」の方をターゲットにしたブログということで、アップロードされた
画像にも簡単な説明がつけられていますが、千早さんご本人は、目が不自由なため
「創価の森通信」に画像がアップされても、写されているかまでは詳細な内容は解らない
とおもわれます。

文章よりも「画像」は雄弁に「プライバシー」を写し込んでいるものです。

例えば、「ひらがな御書祝賀会」の記事内にある「会場」の画像は、菊川さんの説明や
彼のブログからリンクされている墨田区の婦人部「ちよ」さんのブログの
記事を丹念に読めば、

信濃町学会本部の近隣であること。
円卓であることから中華料理店であろうこと。
背景に写っているビルの窓が「特徴的」である   
ことから、

下記において「祝賀会」が催された事が判別できます。
カーソルを画像にあて、左クリックをしながらマウスを動かすと
左右360度の景色を見たり、拡大縮小する事ができます。


 

(グーグルストリートビュー から引用)

同記事によると、 千早さんは6月に、学会本部での誓願勤行会に参加する事を
あらかじめ菊川広幸さんにつたえ、コミュニティ内で協議の結果開催を企画したと
書いてあります。
信濃町の学会本部に建設された新宝城、広宣流布大誓堂に
昨年から順次全国の創価学会員の方が集い、誓願勤行会が
開催されているのは読者の方もご存じでしょう。
創価学会として、また創価学会員として、あらためて広宣流布(弘教)
への誓いを立てるという意味が込められています。
行きたいときに行ける「参拝」ではないので、数少ない割り当てに選ばれた方
は、あらかじめ、研修等を受け広宣流布への決意を固め東京へ足を運ばれて
いるとおもいます。

ところが、ネットコミュニケーションを通じ、通常関係をもつことが
ない遠距離地域の関東のメンバーからの「もてなし」を受けることが、
半ば当たり前になってなっている「千早」さんは、創価学会非公認の
私設グループ「ひらがな御書」メンバーに誓願勤行会の参加を伝え
、二度目の歓待をうけるに至りました。

菊川さんは東京で勤務しているとはいえ、茨城の壮年部です。
あらかじめ料理店を下見し予約を入れ、貴重な学会活動時間であろう
土日をツブし、私的な学会員コミュニティの「宴」に東京の自在会の幹部や
、墨田区教学部の名うての大幹部がノコノコ参加し、それを個人のブログで
記事にし喧伝するには、「千早」さんのように従順で警戒心の薄い
一般の学会員さんは、格好の「アイドル的存在」たりえるでしょう。
それが証拠に、「ひらがな御書物語」と名うたれたシリーズは
まず「千早さん上京追尾レポート」で埋め尽くされています。

こんなことがゆるされているのでしょうか?

日蓮大聖人が、身延におられた時、湯治のついでに現在の久遠寺
に参詣する門徒がおり、大聖人が追い返したという御書があります。

/////////////

※其の外の人人もしもべのゆのついでと申す者をあまたをひかへして候、
 尼ごぜんはをやのごとくの御としなり、御なげきいたわしく
 候いしかども此の義をしらせまいらせんためなり

【 三沢抄 】

(あべひ 現代語訳)
そのほかにも、下部温泉の湯治のついでに日蓮大聖人に会いに身延に
来ましたという門徒の多くを会わずに追い返しました。
尼御前(内房の尼)も私の親のような高齢になられ、
(面会がかなわなかったことを)お嘆きの事については心を痛めましたが、
この法義を知らしめたいためだったのです。

/////////////


この法義とは、前段に記されています。
「ついでに参詣しにきました」という軽率な信心は主・従を弁えておらず
「仏(法華経)」に対して罪深い事になるという大聖人のお叱りです。


誓願勤行会ついでに、私的コミュニティの「アイドル」として歓待を受ける。
また、信仰者としての意義深い「儀式」であるにもかかわらず、菊川氏や
「ちよ」さんの日常の学会活動に全く無縁な「私的イベント」を同時開催し
「勤行会」の意義に泥を塗ってしまったことは、信心の「主・従」をわきまえ
ない罪作りなことだと考えるのは、私だけではないでしょう。

このような軽率な行為が組織内で蔓延すると、座談会が無事終わったら
宴会。大きな会合の後に親睦会、といった俗世間にありがちな自堕落
宗教になってしまうのではないでしょうか。
「好意」からはじまる「信心破壊」には、よくよく警戒しなければなりません。



関連記事

安保法制、なにが違憲になるのか

昨日衆議院を通過した「安全保障関連」法案が、国民が理解できていない
と専ら批判をするマスコミや某政党。

しかし、「違憲だ」と煽り、「戦争法案だ」と的外れな世論を造り上げたのが
某政党やそれに乗ったマスコミであることは誰の目にも明らかだろう。

衆議院を通過してから、関連10法案の中身をしらしめる一般紙が
でてきたことがすべてを物語っているとおもうのは私だけだろうか。

本会議での公明党遠山議員の討論をリンクしておきます。

関連記事

【速報】 安全保障関連法案 衆議院本会議で可決

本日 衆議院本会議において政府提出の安全保障関連法案が、自・公・次世代の党の賛成多数
で可決され、参議院に送られました。

法案の内容は
自衛隊法など10本の改正案と、新しく「国際平和支援法案」の2本。

民主・維新・共産・社民は反対答弁を行ったあと、採決前に会議場を退出。

仮に参議院で可決されれば、即成立。 参議院で60日以内に採決ができなくても
衆議院に戻され再可決される見込みです。
関連記事

【速報】 安全保障関連法案 衆議院特別委員会で可決

本日 衆議院特別委員会において、安全保障関連法案の採決がおこなわれました。

まず、維新が提出した法案が多数決で否決されたあと、政府案が 自・公の賛成多数で
可決しました。

明日にも、衆議院本会議で安全保障関連法案の採決がおこなわれるそうです。

野党側は「戦争反対」を叫び、採決の阻止活動を行うことが予想されます。
関連記事

人は仏よりも優れている?「人本仏迹」の邪義 3

人は仏よりも優れている?「人本仏迹」の邪義 2  の続きです。

※御本尊を正報として誰がたとえますか?

 無理ですよ。
 貴方はもうほとんど駄目ですね。
 依正不二だから、御本尊も私共も差がない。
 そう言う事は屁理屈です。

( 沖浦さん談 2014年5月28日 )


依正不二は「人」と「環境」が不可分である事を示しています。
学会員であるはずの沖浦さんの人本仏迹によると、御本尊よりも人が優れている。
ところが、池田先生の指導では全くちがう事が指摘されていますね。

いまいちど大白蓮華2014年五月号をよく御覧下さい。

◎「本尊」には「根本尊敬(そんぎょう)」の意義がある。
  人生、生命の根本として尊敬し、帰依していく対象が本尊である。

【「十界」の生命が認められた御本尊:アメリカSGI青年研修会・1990年アメリカ】

前回拙稿「人本仏迹は邪義ですその1」でも指摘させていただいた部分です。
沖浦さんの御本尊が「迹」という表現は「帰依していく対象」とはなりえないと読めます。

さらに同号114~115ページには、御本尊様の力用を詳しく指導されています。

/////////////////////

◎御本尊こそ、宇宙全体をありのままに映し出す明鏡中の明鏡であられる。
 この御本尊を拝する時、わが生命の本来の姿(実相)を観、仏界を涌現できる。

◎御本尊を拝し、荘厳する信心は、そのまま自分という、“宝塔”を飾り、荘厳していく。
 御本尊を拝せば、ただちに、宇宙の一切の仏菩薩が、私どもを守る。
 謗ずれば、その反対である。
                        (共に114ページ)
◎映った姿は自分のものである。それなのに鏡が悪いと怒る人がいる(笑い)
 それと同じく、人生の幸・不幸はすべて自身の生命の因果の姿が反映した結果
 である。
 だれのせいでもない。
 信心の世界においては、なおさらである。
                        (115ページ)

【 いずれも、アメリカSGI婦人部研修会でのスピーチ:1990年2月27日 】

戸田先生が質問会で、御本尊不敬をするとどうなるかを指導されていたのは
沖浦さんならご存じのはずです。

※その人の持っている不幸をば、とくに現してくるのですから、どういう形ででる
 とは言えません。
 御本尊をそまつにした人は、ひじょうに気の毒です。じつに気の毒です。
 ですから、かわいそうだと思って、よく、こんこんと改めて信心するように、
 教えておけばよいのです。

【戸田城聖先生質問会集 44ページ 御本尊不敬はいろいろの罰を受けるのか】


//////////////////////////

創価学会歴代会長の指導には、人と仏(御本尊)について数多くの指導があります。
戸田・池田の両会長は異口同音に、御本尊様に対する自分の信心がそのまま
現れると指摘されています。

論につまると相手を中傷するしか無くなる。
その癖、相手よりも優位に立って論破したくて仕方が無い。
御本尊を拝んでも拝んでも苛立ちが押さえられない低い境涯のままではないでしょうか。

中には、しようとおもえばできる御本尊安置を、学会活動から距離を置きたいが
為にしない人が、あれやこれやとネットを使って学会員さんに教訓を試みている
ようですがそれも「自分の信心」が現れているにすぎません。

この理屈と同じで、御本尊様を拝んでいても道具としてしか見られない人は
創価学会や学会員さんにたいしても自分に益を与える「道具」として見ている
といえるでしょう。
だから師匠は 「信心利用は謗法の人以上に地獄に落ちていく場合がある」 
警告をされているのです。

沖浦さんの人本仏迹論は、公に表現したが故に私だけでなく、いろんな方が
気を使って指導を受けられるだけ良いとおもいます。
しかし、一番不幸なのは本人も周りの方も「信心利用をしている」にもかかわらず、
それに気がつかない事です。

彼等はおそらく、何時間ものお題目を御本尊様にあげているかもしれません。
でも、「ネットで私を助けてくれる人」の存在を求めてお題目を唱えているのでしょう。
それが証拠に、「助けてもらった」恩義を感じ、近隣の方よりも毎日親しげに
自分の報告を欠かしません。
また、無責任に信心を褒められることで慢心してしまい、現実逃避してしまいます。
だから、ネットをつかって日々の生活を公開し、好意で集まってきた人が「功徳」
であり「友」とみなし、現場の学会員さんよりも重んじてしまいがちです。
これでは「組織外組織」です。
ネットコミュニティの学会員さんは、あれほど毎日頻繁に現場の幹部や会員さんと
報告連絡をとっているでしょうか。
答えは「否」です。
一見するとネットコミュニティの学会員さんはお互いを激励しているように
みえますが、ほとんどが自分が主で他の学会員は従の考え方が根底にあるの
ではないかとすら感じられるほど「自分の事」ばかりを語ります。
実情は、そういったコメントを寄せてくれたブログ(サイト)の記事を募集し、
投稿されたと同時に自分個人のコンテンツにしているだけなのです。
無意識、または意図的に「自利」の為に学会員さん利用してしまう方は
「人本仏迹」を体現している方ではないでしょうか。
自分の為には広布の同志という崇高な関係も、自利にしてしまう
隠れ人本仏迹の人の存在は現場の秩序を乱す破和合僧のタネです。

広宣流布に励む同志は等しく「地涌」の存在であり、「仏」の義ももちあわせています。
個人として悪いことをして批判されるのならともかく、「正法」を曲げているのです。
繰り返しになりますが、だからこそ池田先生が 「謗・法の人以上に」 と念をおされて
いるのだとおもいます。

気がついた人が厳しく戒めなければならないでしょう。
関連記事

人は仏よりも優れている?「人本仏迹」の邪義 2


人は仏よりも優れている?「人本仏迹」の邪義1

の続きです。

※『勤行とは、我が生命と宇宙が御本尊を介して交流しゆく儀式である。』
 (略)
 主体はあくまで人間!!!
 人が主、御本尊は従。

( 沖浦さん談 2014年5月28日 )



////////////////////////////////////


大白蓮華2014年6月号この段 【変革は祈りから始まる】での「主体」とは、 
沖浦さんの主張の「仏が迹」に対する人・本ではありません。
あくまで祈る側の信心によって(主体)、御本尊を対境としお題目をあげることで
結果が出るという意ではありませんか?
同107ページには明確に指導されています。

◎祈りとは、決して観念ではない。
 現代人の目からすれば、目に見えない生命の世界は観念の産物にすぎないと
 考えるかもしれません。
 しかし、もし物質的な観点だけで物事をとらえていったならば、人と人との関係、
 人と物の関係の大部分が、偶然の混沌の中に埋没してしまうでしょう。

( 大白蓮華 2014/6月号 107ページ 「『祈祷抄』講義」から~ )


沖浦さんが常々、御本尊に対して「物体」としての観点から述べられているがゆえに
人と御本尊の関係が混沌の中に埋没してしまっているのです。
過日の小説、新・人間革命にも「体験」についてこのように述べられていました。

◎体験と聞くと、信心によって、赤字だった会社の収益が何倍にもなったとか、
 病気を克服したという話を思い浮かべがちですが、それだけではないんです。
 ご主人が病に倒れていても、奥さんが強い心で奮闘し、明るく頑張っている
 ということも、見事な体験です。
 八十代になって腰も曲がり、耳も遠くなっているが、日々、生き生きと、楽しく
 学会活動に励んでいるということも、すごい体験ではありませんか。

 ( 激闘 56 2014/5/27付聖教新聞より抜粋 )



沖浦さんだけでなくとも、体験というと、世間上の実績に囚われているかたが多い
ですね。幹部でもそういう方おられます。
物質的かつ経済的な「蔵の財」、健康や名誉などの「身の財」にこだわるあまり、
どんな状況であっても“主体的に”学会活動に励んでおられる事が自体が評価
できないのだと思います。

特に過去の実績に囚われている人は、往々にして自分の体験が基本となり
それと同等か心から感服できるだけの「名声(実績)」が全てになります。
たとえば、同じ事を言われても地区部長の意見は「たいした事」ではなく
教学部長や県幹部の意見は「重要だ」といった、錯覚などがあるでしょう。
自分から自慢する人や、おもねって近寄ってくる人よりも、影の功労者に光を
向けられるのが指導者の条件の一つではないでしょうか。

さて話を戻します。
「御本尊は道具」と割り切っている人や、功徳を疑ったり、とにかく助けて下さい等々
なまっちょろいお題目を御本尊様に何時間あげても、自分なりの結果しか出ません。
ちょうど今月(2014年5月)の座談会御書(呵責謗法滅罪抄)は、
「法華経の行者の祈りとはどういうものか」という視点で講義をされています。
超簡単に言えば「御本尊に対する信」と「誓願のお題目」が重要という事になるでしょう。

正報は依報によってつくられているという依正不二の原理はご存じですよね。

もっと詳しく指導されている所を見つけましたので、引用します。

◎一念を正報と立てれば、肉体は依報です。自身の当体を正報と立てれば、
 いっさいの客体が依報となります。
 この依報と正報の関係は、肉体の依報があって、正報の生命があるともいえます。
 また、肉体の成長は、依報たる、水、空気、食糧を取り入れて、生活しているのです。
 だから、正報は、依報をもってこれをつくるとおおせなのです。
(略)
 しかし、大事なことは、詮ずるところ、正報があって、初めて依報が存在するという
 ことを 知らなければなりません。
 現今の社会は、依報のみに重点をおいて、正報を忘却しているところに、最大の欠陥が
 ある。

(指導集 質問に答えて 279~281ページ 【十界の依正について】より抜粋)


沖浦さんの 人本仏迹に沿って言うならば
「人」を正報とたてれば、御本尊(仏)は依報といえるでしょう。

また不二なのですから「御本尊(仏)」を正報と立てることが出来るはずです。
御本尊(仏)が正報ととらえるならば、肉体も社会もまたその依報となりますよね。
ところが沖浦さんの主張では人を正報に立てて、御本尊(仏)を論じても
その逆はありえないとする考え方です。
上記の指導の

“現今の社会は、依報のみに重点をおいて、正報を忘却しているところに、
 最大の欠陥がある。”


というのと

2014年6月号の大白蓮華の指導の

“質的な観点だけで物事をとらえていったならば、人と人との関係、
 人と物の関係の大部分が、偶然の混沌の中に埋没してしまうでしょう”

は、まったく同じ事を表現を変えて指導されていることになります。

人本仏迹論(御本尊用具論)は、「物質的な観点」のみでの戯論であり

人と御本尊の関係を混沌の中に埋没させる暴論だと結論つけさせていただきます。

(続く)
関連記事

人は仏よりも優れている?「人本仏迹」の邪義 1

創価学会員さんが拝んでいる「御本尊」(曼荼羅)に対して「道具」という機能的一面
にこだわり「人本仏迹」という主張をされる沖浦さんという方がおられます。

たしかに戸田先生も池田先生も「道具」としての一面から御本尊様に関する
指導をされています。
私も杓子定規に「御本尊様を道具というとはなんたる不遜じゃ!」などと詰めるつもり
もありません。
しかしだからといって、「人が仏に勝る」とは三代会長も日蓮大聖人も説かれて いません
し、前提条件からして間違っています。



「六道に翻弄されている私どもの一念が、正しき本尊に南無し、境地冥合する
 ことにより「仏界」という無限の生命力を発動する。
 言葉で表現するのは難しい。
 「仏界」というのは、他の九界のような具体的なものではない。
 九界を無限の価値の方向へと動かしゆく本源的な生命の働きである」

【 2014年5月大白蓮華103ページ
仏界とは苦悩の現実を照らす太陽: 「生命と仏法を語る」から抜粋引用】



日蓮仏法においては、「仏」は自分とは別のどこか遠い尊い存在ではなく
だれしもの己心に具わっていると説きます。
だとすれば、創価学会員としての仏とは「人の境涯」、つまり仏界の状態を指すの
ではないでしょうか。

沖浦さんはよく、御本尊様を楽器にたとえ、人が奏でるから用を為すと言われてます。
しかし、これだけでは「なぜ楽器を奏でる必要があるのか」という前提条件が抜けています。
個人的に楽しむ為だけに楽器を奏でるならば、楽器そのものクオリティや演奏法など
考えなくても、幼児がおもちゃのピアノをひいて「楽しむ」ように、目的は達成して いると
いえるでしょう。

プロとして他の人に音楽を楽しんで貰う為には、おもちゃの楽器では演奏の幅が
出ませんし、音質や表現力にこだわって高価な楽器を扱われる場合もありますよね。
もちろん技能に長けている方なら、安物の楽器でも素晴らしい表現ができるでしょう。
しかし、音が出るというだけで納得していれば自分の表現したいものが「道具」に
しばられてしまうために能力が発揮しきれません。
そこで、一流の音楽表現にこたえられる一流の楽器が必要になってきます。

ところが、沖浦さんの「本迹」の考え方でいくと、楽器は演奏者に劣るということに
なってしまいます。
ホロヴィッツやグレン・グールドといった著名なピアノの名手はピアノを弾くからこそ
評価されるのであって、彼等からピアノをとりあげてしまえば、過去の名声が残るのみです。
だから一流のピアニストは、演奏できなくなるその日まで「最高の音」をめざし続け、
日々練習をかかし ません。
ピアノがピアニストを存在せしめ、ピアニストがピアノでの表現力を深める。
この場合人間と楽器は「依正不二」・「境地冥合」の相互関係といえるでしょう。

だとすれば、創価学会員として「御本尊」はなんの為に日夜お題目を唱えている
のでしょう。
前述したように「己心の仏界」を涌現するためですよね。
御本尊様を拝んで、一度仏界の片鱗を己に涌現したからといって、御本尊を蔑ろに
したり勤行唱題をおろそかにすれば、せっかく磨いて出てきた仏界がまたぼやけて
みえなくなります。

沖浦さんの「人本仏迹」論は、仏界を涌現する御本尊様の「機能面」だけを捉え
、仏界(最高の境涯)は道具だと結論つけているのです。

同大白蓮華五月号106ページに「本尊」についての指導がありますよね。
再度引用します。

◎「本尊」には「根本尊敬(そんぎょう)」の意義がある。
  人生、生命の根本として尊敬し、帰依していく対象が本尊である。

【「十界」の生命が認められた御本尊:アメリカSGI青年研修会・1990年アメリカ】



このあと、何を本尊とするかで人生が根本的に決まると・・指導されていますが
創価学会員さんならすでに、日蓮大聖人がしたためられた曼荼羅を本尊としている
はずです。
しかし、形ばかりたもってはいるというものの「心」では「尊敬」し「帰依」
していない人は、ぞんざいに扱うでしょうし、意識のうえで自分の願いを叶える
道具としか見れなくなるのも当然でしょう。

御本尊は自己の「生命」をあらわしたものです。
もちろん他の人の「生命」をも、あらわしたでもあるでしょう。
したがって、自分中心でその御本尊を「道具」としかみていない人は、必然的に
自分に「利益」をなさない曼荼羅は欠陥があると考えます。

また、他人に対しても口で「仏のように敬って」いると世辞を言いますが
実際には自分に対し利益をもたらさないと判断した人を「欠陥品」のように
扱うでしょう。

創価学会を退転した人は、己の信心のありかたを述べないまま、口々に
「ニセ本尊だから拝んで罰が出た」などといいます。

すべて、御本尊様に対する己の信心がそのまま鏡のようにうつってしまうのです。
そして、学会活動においては、同志に対する己の信心も同様に反映されるの
ではないでしょうか。

(続く)
関連記事

もう一つの不法YOUTUBE動画

創価学会およびシナノ企画が著作権を有する動画をYOUTUBEに
無断でアップロードしているという拙の警告が発端となったのかどうか
は定かではありませんが、指摘したアカウントが停止状態となりました。

私個人としては、善意の皆さまがYOUTUBEに通報をしてくださったのだと
おもっておりましたが、今現在(2015/6月段階)YOUTUBEのアカウントを
取って調べてみても、著作権侵害動画・またそのチャンネル
(ユーザが作った動画集)の著作権侵害通報、は「著作権を有する人」または
「法定代理人」がその権利を有し、YOUTUBEに通報することで法的な手続き
が始まる・・と解されており、第三者の善意の通報に関しては規定がないです。
しかし、過日のYOUTUBEの停止アカウント(ユーザー)のただし書きには、
「第三者から複数」著作権の侵害通報があったと明記されていますので、
いちおうYOUTUBEジャパンとして(アカウントを持った)第三者からの通報も
受け付けられ、「著作権侵害」を判断する部署がチェックしているものと考えられます。

不法動画をアップしていたチャンネルのコンテンツの「タグ」を貼って、読者に
視聴させるため多用していた、ブログユーザさんの中には、すべての動画リンク
が切れてしまった事について、あらためて説明をされている方もおられます。
曰く
(著作物の使用許諾がない)怖れは感じたけれど、「許可を取っているのだろう」
と思い込んでしまった との事でした。

その気持ちは分からなくもないのですが、「許諾を取った」ものであるかどうか
を、「利便性」と天秤にかけるのは間違いです。
カギのかかっていない「放置自転車」を、使っても問題ないと考えたり
雨が降ってきたときに自分のものではない「雨傘」を、勝手に使って持って帰って
もよいと考えるでしょうか。

かつて富士宮ボーイ掲示板で、あるYOUTUBEユーザーさんと議論をしました。
「 daisyourisgi 」 のアカウントを持っている方です。
https://www.youtube.com/user/daisyourisgi

なぜ本人が解ったのかというと、彼が撮影した「質問会」動画がアップ
されているからです。  https://archive.today/hzc9v   

彼が撮影した「質問会」以外の動画のほとんどは、かつて創価学会第三代会長
であった池田大作氏や第二代会長 戸田城聖氏の指導を記録したテープか
レコードの音源を使い、聖教新聞社、または創価学会が出版した著作物からの
「肖像」等をスライド式背景とした作成動画です。
自分が作成した動画のBGMとして、市販されたCD、レコード等の音源記録を
使う場合も「著作権」の許諾がなければなりません。
古いものでは6年前からのものがありますし、「SGI大勝利」のチャンネルを登録している
方は 709名 にも及んでいます。

daisyourisgiさんに、「池田先生が被写体の写真、池田先生の音声ファイルをつかった
YOUTUBEコンテンツは、創価学会の許諾を得ていなければ公開、配信をするのは
著作権違反に抵触すると考えますが、いかがですか?許諾をとったのですか」と
聞いたところ


じゃぁ 先にそのコンテンツが許諾を受けてない証明してみてくださいな(笑
【2015-03-15 00:40:01】


とはぐらかされてしまいました。
警告から3ヶ月以上が経過しましたが、反省する事もなく「新動画」を
アップロードされつづけているようなので、今回記事にさせて注意喚起を
させていただきました。

先のブロガーさんもご存じないようですので、許諾を得ているかどうがの見分け方を
提示しておきます。

第三者が権利を有する「映像」なり「音源」を使う場合、申請が認められると著作権
管理者からの許諾番号が割り当てられます。

(参考リンク : JASRAC・FAQ 許諾番号、許諾マークは、どこに掲載すればいいですか )
https://secure.okbiz.okwave.jp/jasrac/EokpControl?&tid=147415&event=FE0006


明らかに「アップロード」した本人のものではない、許諾番号や許諾マークの掲載されていない
映像・音源コンテンツは「著作権を侵害したコンテンツ」であるということができるでしょう。

また、新聞、書籍のような文字コンテンツの場合は、法的に認められた「引用」の範疇を
超えて使うのなら「転載」にあたります、権利者に申請をし許諾を得て、それを明記する事が
必要になります。
以前「 馬鹿にできない権利侵害 」http://captivated2.blog.fc2.com/blog-entry-366.html
で指摘させていただいた通りです。


適切転載例の参考に、ハープ奏者の竹松 舞さんの公式ファンクラブHPのURLを
直リンクせずに紹介させていただきます。
http://maiclub.com/seikyo020930.htm

この記事を閲覧された方ご自身も、拙の主張が間違っているか是非調べて
みたり、問い合わせてみて下さい。

「違法コンテンツ」は、作らない、使わない、見過ごさないの三原則が大事です。










関連記事
プロフィール

あべひ

Author:あべひ
「魅惑的な人々」FC2ブログへようこそ!
ご意見や感想は適当な場所でどうぞ

ブログランキングへのタグ
ボタンをクリックするとブログ村に移動しポイントが加算されます。
カレンダー
06 | 2015/07 | 08
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
最新記事
検索フォーム
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
RSSリンクの表示
アクセスカウンター
無料 無料 無料
ブログ村記事ランキング
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

QRコード
QR
アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。