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元学会職員3名がとった次の手

「元学会職員3名」のブログに、明日(2016/2/28日)横浜の某所にて
集会をするとの告知があった。

二年前、学会本部(信濃町)に建築された「広宣流布大誓堂」には全国
からの創価学会員が順次訪れ続けているが、敬虔な会員さんに対し
彼等三人組は近辺の歩道でサイレントデモ
(注」横断幕などを掲げて無声アピールをすること)という街宣活動を
行っていたようだ。一部の学会員から励ましの言葉をもらったことを
ブログで自慢していたが、多くの学会員は創価学会を売るような行為
をする彼等に関わりを持たなかったであろう。

彼等のブログもまた「サイレントデモ」の一環と考えられるが、地道な
アピール活動が「話題」として週刊誌のネタに取り上げられる程度にはなったようだ。

華々しく元職場であった創価学会との対立をアピールしたとはいえ、
まだまだ世間に広く知られているというわけではないことが気になった
のか、ここ最近は安全保障に関する話題にも触れ、横浜での集会は
「学会変革の座談会」という位置づけで行われるのだそうだ。
だが、よくみてみると彼等三人組のブログに掲載された「除名処分」に
至る話題の中に、公明党と学会の関係といった政治的な話題はほとんど
されていない。
それもそのはず。彼等が学会から懲戒解雇の処分を受けたのは
平成24年頃の話しであり、その処分に至るまでのトラブルはそれよりも
以前のことだ。
また、創価学会を除名処分になったのも平成26年の事である。
つまり、「安保関連」にかかる彼等の主張は、後付けなのだ。

さて、公開された式次第を見て驚いた。
昨年夏、「安全保障関連法案」に絡み、一部マスメディアで取り上げられた
愛知県の現役学会員天野氏と、同じく愛知県元公明武豊町議の本村氏が
合流するというのだ。

愛知県の天野氏といえば副支部長であることを証したうえでネットや
街頭で「戦争法案反対」署名をあつめ党本部にもっていったが、党側
から「マスメディア」に露出をすることを意図したアピール行動であること
を察知され後日出直しさせられていた御仁。
また同じく愛知県の元公明町議本村氏は、集団的自衛権の一部
行使を決めた閣議決定を受け、公明党を離党し、共産党と関係の
深い政治団体「九条の会」と共闘している御仁だ。

2月4日の「元学会員3名のブログ」によれば、これらの両人に講演の
打診をしたところ快諾されたとある。

除名処分をされた三人は教学的な問題を掲げていたはずだが、
政治的に蠢いている現役学会員の連中と組もうとし、また愛知県の両氏
もそれに供応を示してい時点で、彼等の目的は「学会不満分子」の
野合を目指し、組織化することが目的であることを証明しているだろう。

また、明日の「座談会」とやらははマスコミからの取材を受けることが
直前になった公表されたが、テレビなのか新聞なのか、はたまた
雑誌なのかは定かではない。
ちょうど、予定された集会と時を合わせたかのように週刊朝日(2/28日号)
紙上で「元学会職員3名」のインタビュー記事が掲載されている。
ただ、天野氏や本村氏はテレビや大手一般紙にも取材され取り上げられた
ぐらいなので、彼等が大手マスコミへの橋渡しをした可能性も十分考えられる。

今一度、世間に自分たちの存在を再アピールしたい人物と
「アンチ学会」の旗手としてメジャーデビューしたい三人組との
思惑が合致した結果だといえよう。




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ネットに創価学会の師匠がいるのか?

( 初出 2015/1/30  修正2016/2/23)

御本尊も組織も必要無いという内得信仰を推進する「太ちゃん」に
“ネットの師匠”の存在について質問をしてみると言葉を濁していました。

曰く

※「あべひさんは『ネットの師匠』と見ていたのですね。
 やっぱあんま読解力なかったんだなぁ」
( 2015-01-29 09:50 )



一部この発言をうけた人が「邪推」しているようですが、読解力も
なにも、「ネットの師匠」がいたことを太ちゃん自身が述べています。

///////////////////

※『れいな』氏に『ロコツな癒し系』ではなんにもならないのは
 明らかで、そのタイミングで『教学の師匠』が完全勝利といえる
 見事な手並みを実演していたわけです。
 その様を見て素直に尊敬し教学などを吸収・学んでいったわけです。

 尊敬すればこそ、僕自身も文面などを徐々にマネていきました。

【太ちゃんのブログ、『仲良しクラブ』もいいではないか 】 より抜粋



///////////////////


「れいな」こと日蓮正宗門徒黒川和雄さんを「ネット」で破折していた
人物が太ちゃんの「教学の師匠」だそうなので、拙は「ネットの師匠」と
呼ばせてただています。
いまとなってはどんなHNの方だったのかは存じ上げませんが、日蓮正宗
門徒への破折の手際の良さに心酔し「ネットの師匠」に位置づけたのでしょう。
しかし、ある件で「太ちゃん」自身が叱責されると、あの人は精神を病んでいるだの
「アスペ」だの「教条主義」だの「外道信仰」だのと中傷をはじめます。
なぜでしょう。 

「太ちゃん」にかぎらず、ネットで自分をさらけ出して評価を得ること
に存在意義を求めている人は、「相手につくしている」自分を受け入れて
くれない事に非常に不快感を感じ、敵対行為をする傾向があります。
逆にいえば「フレンドリーな態度」と「敵対的態度」の使い分けは自分を
受け入れて貰うための意図的な手段であることを知っているともいえるでしょう。

手段として態度を使い分けているからこそ“「仲良しクラブ」もいいではないか”
といった、自分にとって居心地の良い「創価学会の同志」像をつくりあげ、その
イメージに沿うブログ主・・つまり自分を受け入れてくれそうな学会関係者を探し
ネットを徘徊しているのです。

世の中には自分が勝手に寄せる「好意」に答えてくれない人がいて当然なの
ですが、自己中心的になればなるほど、自分がつくりあげたネット虚像である
アバターに縛られてしまいがちです。
「フレンドリーな○○ちゃん」「活動家の○○ちゃん」「○○村の○○ちゃん」
自分に対しても相手に対しても、このような好感度アップイメージが一度
作り出されてしまうと、「汚される」ことを怖れるようになります。
もともと気楽なおつきあいをしたかったはずなのに、オトモダチが増えれば
増えるほど、今度は「減らさない」ことに気を遣わなくてはなりません。
本末転倒です。

こういった対人関係での精神的不安定状態を解消するためにとる方法の一つが
「相手は自分よりもかなり劣っている」と判断基準を自分の好き嫌いに委ねる
方法です。

相手に対し勝手なイメージを押しつけ、その期待にそぐわないと自分よりも下
であるとみる。
自分の心の中では「不安の解消」になっているかもしれませんが、傍目から
みれば「極端な二面性」にしかみえないでしょう。

「ネットの師匠」といっても、所詮は勝手に好意を寄せられて勝手に失望される
か、飽きられるだけの、はかない「師弟ごっこ」の産物でしかないのです。
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怜悧狡猾(れいりこうかつ) 学会二世ライブ

とかく集団という、くくりの中では、個人の存在は希薄になりがちで、
他者との違いを自分から強調しなくては目立たないものだ。
そこに社会の世知辛さを感ずる方もいるだろう。

偶然乗り合った通勤電車の中で、隣の人がどんな人なのか個人的に
興味があったとしても、わざわざ声をかける人は少ないのでは
ないだろうか。
知らない人から声をかけられて色々自分について聞かれたなら
ば、警戒するのは当然だし、その場が気まずくなるのもいたたまれない。

もし、コミュニケーションがとりたいのならば、まず自分が何者である
のかを話すことで、自分に警戒心がないところを見せると、相手の
警戒感もある程度薄まり、親近感をもってもらえるかもしれない。
初めて出会う人に、ある程度自分のことを伝えるのは、普段皆さん
もやっておられることだろう。

ところがネットでは、自己紹介なしでも偶然居合わせた人に、あれや
これやと聞いても、親切に答えてくれる人がけっこう多い。
実際に対面しているわけではないので警戒心が薄くなるのも
一つの理由だといえるだろうが、相手が自分のことをよく理解して
くれていそうな気がして素直に嬉しいのだ。
なぜ自分の事を理解してくれていそうに感じるのかというと、前もって
自分で自分のことを書いて公表しているからなのだが、興味深い
ことに、公開した本人は公表していることについてさほど深く意識
していないことが多いように思われる。

たとえば、テレビなどで自分の名前と同じ人が話題になっていると
他の人よりも意識してしまうように、ある人物ががネット上で
「学会員です」と書くと「学会」に関係のある方が多く反応する。
潜在意識のなせる技だが、名前を呼ばれると幸福ホルモンが増える
そうだから、それと同じような本能的なことだろう。
それがゆえに、都合良く「肩書」を利用しようとする人間も少なくない。
関係がある方・・と表記したのは、それがただ好意的な理由か、
怜悧狡猾(れいりこうかつ;悪賢い人のこと)な人なのか表面上
は見分けがつかないからだ。

日蓮正宗長野妙相寺門徒の樋田昌志さんのfacebookをチェックしていると
興味深いコメントが書き込まれていた。
なんでも「創価学会二世ナイト」と銘打ち、自称学会二世のメンバーばかり
で結成されているというバンドが大阪市のロフトプラスワンで有料でライブ
を行い、そこに創価学会と敵対する日蓮正宗門徒(妙相寺門徒)が潜り
込んで、布教活動をしていたというのだ。

情報のソースを調べるために「創価学会二世ナイト」の
キーワードを探して見ると、チケット販売の痕跡とともに。さいたま市の
日蓮正宗寺院常生寺の法華講員のサイトに行き当たった。
アメブロでは「るふ」というHNをつかって何年か前からブログを
運営していたそうだが、今年の一月に「創価学会顕正会脱会
ネットワーク」というサイトを立ち上げたとのことだ。
そこに情報を持ち込んだのだろう。
詳しく「創価学会二世ナイト」というライブの内容が紹介されている。
いちおう 魚拓のリンク http://megalodon.jp/2016-0217-1408-41/dakkai.net/01main/nisei.html

レポーターの悪意や、誇張が激しいであろうことを差し引いても、現役
学会員(?)が、四方山話は愚痴を聞かせ、客に酒を飲ませて興行を
していたことは事実らしい。
時々「ウラ学会ネタ」で小ガネ儲けを企んでいる芸人がでてきては、
フェードアウトしていくが、その一類だろう。大成した例はない。

なによりも「創価学会二世」というライブタイトルに、集まったお調子者
の学会員が、まんまと日蓮正宗の門徒の悪宣伝に再利用されている
のが痛々しいのだ。
マイナーなバンドであるにも関わらず、大阪の妙相寺門徒が情報を
掴んで参加しているのだから、内通者がいる可能性は十分ある。
怜悧狡猾な人間と縁すると、さらに狡猾な人間に利用されるという
実例だ。

そういえば、ちょうど1年前に沖縄のある学会員さんが「本音会」と
いう私設組織をたちあげ酒宴を開催をし、「多くの会員さんが集まった」
と画像を自分のブログにアップして自慢していたが、その後どうなった
だろうか。とんと話題にでなくなった。 

これに限ったことではないが、「創価学会員」であることをウリにして
人を集め「自分の実利益」に変えることに躊躇しない人間には、
どんな腹づもりをもった人物がモグリ込んでいるか絶対に分から
ないので、近寄らないことを強くお勧めする。





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それ違法です :真実を語るウォッチ 号外

「真実を語る」ブログでフジテレビ系のニュース番組内に
おいて、創価学会の特集番組があるとの告知がされていた。

放映後、「号外」として“真実を語るブログ”内で再度番組
の内容に関する話題がされていたが、YOUTUBEの違法
アップロード動画(前述のテレビ番組)の埋め込みタグが貼られ
「真実を語るブログ」から直接視聴できるようになっていた。

さて、テレビコマーシャルや、映画上映前の告知で日本民間
放送連盟が行っているキャンペーンをご存じのかたも多いの
ではないだろうか。

取調室を摸した部屋で、俳優の遠藤憲一さんが、動画の無断アップロード
をした被疑者らしい相手にたいし喝破をするという内容で
「それ違法です」というキャッチフレーズが印象に残る内容だ。

違法配信撲滅キャンペーンの公式サイトはこちら
http://www.j-ba.or.jp/ihoubokumetsu/index.html


上記公式サイトのキャンペーン趣旨には以下の文言が付記されている。

「そして、動画投稿サイト等でアップロードやダウンロードをしない方にも、
 動画を視聴する際には、“いま、自分が見ている動画は「違法動画」かもしれない”
 と、意識していただくきっかけになればと思います」
(日本民間放送連盟 放送番組の違法配信撲滅キャンペーン サイトより抜粋)



「真実を語るブログ」に限った事ではないが、学会員系ブログの運営者
や、参加者の中には“他の学会員から喜んで”もらえれば、社会のルール
からハズレていても構わないという、反社会的風潮を是認してしまって
いるところが少なくない。
真実を語るブログの常連参加者の中にも

「大阪では見れなかったです。
いずれヨウツベでアップでしょうね。」
( 地区リーダーのユリ子 さんのコメント抜粋)

「記事を書いた時点では ユーチューブ 見つから
 なかったんですが 非公開さんが 出てますよ って・・」
(「ちよ」さんのコメント抜粋)


などなど、違法動画がアップロードされることに期待を
よせる発言が書き込まれている。

意識しないのは荷担しているのと同じ。
なにが正しいのかを見分ける努力を放棄した集団には堕落しかない。

違法配信撲滅キャンペーンのメインキャスト、学会員さんの
遠藤憲一さんは、学会員の著作物違法アップロードや、
違法コンテンツの再利用の実態をご存じないだろう。
だが「それ違法です」といえる勇気を遠藤さんから、もらえる方は
いるはずだ。
しかし、ネット信仰イベント参加者の中にはまずいない。

なぜだろう。

本日付け(2016/2/13)の聖教新聞、名字の言に
「一隅を照らす」ように陰に徹する生き方をされている人、
また、そういった方がいることを察知し最大にたたえ大事に
することが、師弟の絆であり、同志の絆であり、創価の絆
であると書かれていた。
翻ってみるに、公然とネットで自慢をしたり、愚痴を書き込ん
でいる人は陰に徹する生き方とは正反対といえるのではなかろうか。
「自分を照らしたい人」を、いくらたたえ大事にしたところで、
目先の利益をむさぼりあうだけのうすっぺらな「関係」しか築けない。
むしろ、濃密なつきあいよりも、広い浅い接し方を好んで
いるフシがあるように感じられるからだ。
そういった弱さは隠そうにも隠しおおせるものではない。

師弟の絆でなく、同志の絆も創価の絆もない、ネットを
介した脆弱な間柄であることを知っているからこそ、言うべき
ことを伝えることすら憚るのではないだろうか。

それはもはや、「善知識」とはいえないだろう。








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コンピューターと信心の解釈:真実を語るウォッチ 33

「真実を語る」ブログの2016年2月3日の記事コメント欄に、「匿名」の
投稿者のものと前置きしたうえで

“池田先生が「コンピューターは慈悲を持って色心不二になる・・という
ご指導をされている”

との書き込みが紹介されていたが、正直この部分
だけを読むと意味がわからなかった。

幸い2月7日に「コンピューターと信心」という記事として再利用されて
もう少し詳しく書かれており、指導の引用元が記載されていたので拙も
確認をした。コンピューターは色心二法の「色」つまり物質・物体の
最先端であると前置きされた上で

「信心は、色心の『心』です。
 慈悲は題目で生命に湧現する。
 ゆえに信心ある人がコンピューターを使って、『色心不二』なのです」
(大白蓮華 2011年12月号31ページ)


と指導されていたのだ。

時代に応じて科学技術が発達し、なんらかの便利な装置が普及
するだろうが、その装置を使っただけで、人は救える訳では無い。
むしろ、より便利で効率的なものであるほどそれをつかう人間とし
てのありかたが大事だ、と池田先生は指導されているのだ。

この指導がされた頃(昭和40年代)は個人所有のパソコンなど
なく、ましてSNSサービスなどなかった時代だ。
単純に見知らぬ学会員が、ただ単にコンピューターをつかって
コミュニケーションをすれば、慈悲にかなっているという内容ではない。
そもそも、日蓮仏法における究極の「慈悲」とは、末法において
悪法をくじき弘教をすることであり、また、弘教の為にあらたな
人列を育てていくことではないだろうか。
ようするに、「無私」の利他行、折伏と育成だ。
そのために、学会員は日夜お題目をあげ学会活動をしているといえる。

ところが、真実を語るブログなどに見られる問題点は、学会員
として、その「慈悲」をどこで発揮すべきかが語られないまま
「学会員がネットをつかって個々ブログを通じ読者慰撫活動をする」
ことが「慈悲」だと結論つけらていることだろう。
それは、ちがうと断言したい。
リアル、ネットにかぎらず自分を褒める弟分をつくるために、弘教を
したり面倒をみているのならば、それは、ただの信心利用ではない
だろうか。

今回、引用した2011年大白蓮華12月号には、ちょうど、どこに学会
活動の軸足を置くべきかについての指導も掲載されている。
東北大学から愛知に就職したメンバーが、“現在愛知で戦っているが
東北の広宣流布に生きたい”という質問に答えられたものだ。
読者の中にも、郷土愛をもっておられるかたもおられるだろう質問者
の気持ちは理解できるだろう。

池田先生は

「信心がもう少し深まれば分かることなんだ。本有常住です。
その地で成長することが自分の戦っている世界に通じていくのです。
例えば、関西から東京へ同志が多数、来て、しっかり頑張っている。
そのことが、東京とともに常勝関西をつくりあげていくことになるのです。
現在いる地で戦えず、他の地で戦おうというのは現実逃避の思想です」
( 大白蓮華 2011年12月号 23ページより抜粋) 


この他にも、活動の軸足は“いま自分のいる場所”でという学会指導が
多数あるはずだ。

師匠の指導都合良く切り文し、現在ネットでの信仰イベントに価値観を
見出そうとしている墨田区の「ちよ」さんに当てはめてみれば解りやすい
だろう。
今「ちよ」さんが戦わねばならないのは「墨田区」においてである。
ネットにふらりとやってきて信仰イベントに参加し、「墨田区」が
、「○○地区」が躍進するだろうか。

所詮ネット上には、私的な組織はあっても「学会組織」はない。
現在いる地で戦えないものが、私的組織の開催する
ネット信仰イベントに参加したところで、現実逃避にしかなって
いないのだ。





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ネット依存信心:真実を語るウォッチ 32

創価学会員さんによる「ネット信仰イベント」、ネット組織活動についての
記事を公開させていただいたが、拙の所にもそれなりの反響があった。
墨田区の婦人部「ちよ」さんの、真実を語るブログの記事にも、この
ネット信仰の話題に関連した記事がアップされ、コメントもよせられている
ことが確認できる。

これを機会に学会活動とネット(情報通信)のありかたについて考えて
考えてみたい。

あらかじめお断りしておきたいが、現在、拙のブログで墨田区の婦人部
「ちよ」さんの「真実を語る」ブログの他に、茨城のブロック長、菊川さんの
「創価の森」シリーズのブログの記事内容と連動する形で、シリーズもの
を組ませていただいているのだが、両人に対し拙個人的な怨みがある
わけではない。
ブログ村創価カテという小さなくくりではあるが、ネットワークを使った
信心利用、組織外組織活動がリアルタイムで行われている現在進行形
のブログであるからだ。
そして両管理人とも、その信心利用の弊害が自身にあらわれている
ことを自覚できないでいる。
 賛同者も知らず知らずの間に脱線
している。

いくら拙が読者に対し、学会員のSNSの使い方論のようなことを書いて
危険性を説いてみたところで、実例そのものを提示できないと、
机上の空論だとおもわれてしまうだろうし、「考えすぎですよ」と諭されて
しまうかもしれない。
事実そういった、ご指摘をいただいたことは何度かある。

しかし、一般論でもニセモノは「本物とみまがう」ものほど、道義的
に罪深いものだと考えるのではないだろうか。

たとえば、公然と創価学会や学会活動を批判して止まない退転者の
方々の中には、池田大作SGI会長を極悪人のように言う者と、自分の
言説や行動の正当性を担保するために「池田大作」の指導を引用
する人の二通りがいるが、後者がより紛らわしい。
まして、退転者ではなく「現役の学会員」をなのりつつ、池田大作
SGI会長の指導を引用すれば、批判者や活動拒否者であっても、
内部攪乱の真意を隠す効果はより大きくなり、もっと紛らわしいだろう。
週刊誌やネットに時折でてくる「元幹部」の類いは、創価学会としての
処分を受ける前から、学会員をして創価学会を混乱させる運動を、指導
どおりだと「正当化」させている。
これらにより影響を受けた人の信仰心も壊されてしまい、結果的に処分者
の列に並ぶこととなったり、活動から遠のけば、道義と信仰の上から見て
2重に罪深いこととなってしまうだろう。

さりとて、アンチさん、学会員さんの区別なく「ネットを通じた表現活動」を
やめさせるという術も無く、個人的なコミュニティを「新しい学会活動」と
みなし、救いを求める人がいても制止することは、たとえ「創価学会本部」
であってもできないことだ。
まして、どこのだれかも解らない相手に対し管理権限も、組織上の責任も
負っていない一個人が直接なにかできるはずもない。
拙は、ネットの意見発信ごときで、人や社会が変えられるとはおもって
いないし期待もしてない。
現実社会で他者との浅からぬ関係があっても、なかなか信仰心を深め
あうのは難しいことだという経験をもっているので、なおのこと過信を
するつもりはない。
だが、現実にお手軽で関係希薄なネットコミュニケーションで信仰心を
深めたり、他者を救えると信じて疑わない人がいるのも事実なのだ。
それもまた、テキストを公表し、何人かから、感謝の言葉をかけて
もらったという経験をもっているからこそ過信をしているといえよう。

「ネット依存信心」は、非現実を現実化するために
機能しているといっても過言ではない。

だから、読者に好む好まざれるにかぎらず、「それは、おかしいですよ」と
拙は言い続けるしかないのだ。

少々前置きがながくなってしまったことをお詫びしたい。

「真実を語る」ブログの記事をもとに、論評を再開させていたくことに
する。
(次号つづく)


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排除運動は日和見だったのか:創価の森ウォッチ 131

創価の森ブログを拝見すると、創価学会批判運動に荷担している
「太ちゃん」氏が、創価の森ブログの内容を、あるブログに掲載する
ことに対し承諾を求めているようだ。

なんでも、自在会をサポートするという理由でブログを通じ組織的
に活動をしている菊川氏およびその対象者の一人である「千早」さん
のコメントなどを、グリーの学会員さんブログに転載させて欲しいと
いうことらしい。
太ちゃん氏は転載をする行為を「郵便屋」と呼び習わしているようだ。
ちなみに、自分の記事や他人の記事をそのまま複数箇所に転載する
行為を「マルチポスト」といい、ネットではマナー違反だとされている。

太ちゃんに関しては拙ブログで何度か話題を取り上げさせていただいて
いるが、創価学会や組織的活動に対し非常に反抗的で、昨年は
学会批判を繰り返している掲示版から、自分のブログへ記事を転載し
拡散している、怪しい「郵便屋」だ。

つい最近のブログ記事でも、学会教学関連のブログを主催されている
方の記事を指し、「他宗教になってしまっていることに気が
つかないのか」と猛烈に批判しているし、また、学会組織糾弾系掲示板
には

“事実を言おうか?
いわゆる『御本尊様』は僕はない状態で信仰しているよ”
“曼荼羅なしの信仰で功徳がしっかりあるなんて信じられ
 ないことだろうね”
“そういう状態だから、いわゆる『大曼荼羅』にも用は無いんだよね”
(いずれも、 日顕御用達・大石寺の正統性を証明する掲示板~
               投稿日:2016年 1月29日(金) の太ちゃん氏の投稿 )


上記はアンチ学会のとある法華講員氏に向けられた言葉だが
太ちゃん氏が、学会活動をしない。御本尊を受けない(放棄した)理由も
同じ理屈だ。
また、太ちゃん氏のブログのリンク先は、普通の学会員さん系ブログ
のものがある一方、学会組織を糾弾する記事を転載して作成した「不穏」な
ものもある。

自分勝手な信心をしている人が、教学を語る学会員さん
に対し「他宗派に成り果てている」と猛烈に批判をしているのは、
おそらくブログ村創価カテにおいてランキング1位をあっさり
とられてしまった事に対しての皮肉でもあり、これから太ちゃん氏
が取り込みたいブログ主へのアピールだったのかもしれない。


それにしても、信仰組織的イベント系ブロガーの双璧を成す、
創価の森、真実を語るブログの主催者は、かつて、
創価学会員をして学会批判をおこなっているブロガーに対し
“ナリスマシ” つまり、悪質な学会員もどきの策謀だと断定し、
ブログ排除運動を起こしたのではなかったのか。

当時菊川さんがナリスマシ断定をした理由は
リンク先のたった一件に

「ナリスマシ集団の多くに貼られているリンク先である」
という理由だった。
ようするに「学会アンチサイトに活用されているリンク」
が、ブログにあったというだけの事だ。

となると、学会アンチサイトに活用されている内容を転載した
ブログを持っている太ちゃん氏はナリスマシとして断定されても
おかしくないはずだ。
ブログ村創価カテに、太ちゃん氏のブログもリンクされているため
新着記事がアップされると、茨城の壮年部菊川さんや墨田区の
婦人部「ちよ」さんが見逃しているとも思えない。

またここ数ヶ月はブログ村創価カテのランキングには、自称現役
学会員のアンチ創価系ブログが上位3位以内にはいることが
めずらしくない。
ではなぜ、別掲示版にて学会批判をしてはばからない太ちゃん氏
や、上記のようなブログ主に対し「ナリスマシ糾弾運動」が起こり
得ないのだろうか。

菊川さんは、「他の学会員を護るんだ」という、いかにも学会員さん
から批判され難い動機を全面に掲げる割に、自分(のブログ)に
好意的かどうかで日和見的判断をしているようにおもえてならない。




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