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親の死でブログ集客は不謹慎: 真実を語るウォッチ39

自称墨田区創価学会婦人部「ちよ」さんの実母が亡くなられたと
いう記事が公開されていた。

年末ということもあり、葬儀は大変な事だろうと推察される。
まずは故人のご冥福をお祈りしたい。

しかし「創価学会員」としてブログを主催しているとはいえ
著名人でなく、ブログをされていたわけでもない実母の「死」を
わざわざタイムリーにネットで公開し、

「皆さんの 暖かいお言葉 プリントアウトして 母の棺に入れたい」


などと、身内の「死」をブログのコメント募集のネタにするのは
いかがなものだろうか。

著名人や、世間でも報じられた事故や災害の犠牲者さん、、また
自身がブログをされていたとかならば、一定の配慮の上で
記事にされても理解できるが、ブログ主の身内だというだけで
厳粛な「死」を題材に、意見を募集する目的を明確にし記事
にしているのだから呆れる。

以前、ある日蓮正宗門徒が自宗の正当性を示すために
葬儀の際、ご遺体の顔写真を撮影しネットでアップしていた。
投稿した本人はご遺族の許諾もとっているとのことで
「よかれ」と思ってやっているのかもしれないが、同じ門徒さん
からも、あまりにも不謹慎との批判をうけていた。

さすがに、ちよ・たえさんは故人ご遺体画像まではアップ
されていない。
とはいえ、心理的には故人、創価学会に「よかれ」と自分勝手
に思いこみ、ネットで「人の死」を題材にしたコンテンツをアップ
し読者の反応を期待するのは同根であるといわざるをえない。

非常識であるとともに不謹慎だと拙は思う。

また、「故人を悼むまごころ」を指導している創価学会に反し
哀悼心を利用してブログ集客を目論んでいるのだから、
あらぬ誤解を助長しかねない。 

こういった心やましいことは即刻やめて欲しい。
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Facebookに蔓延する軽率な学会員さん

実名系SNSが、うっかりするといかに「危険」であることを
考えていただくため以前「日蓮正宗門徒」さんのFacebook
を題材にした記事を公開しましたが、あらためてリンクさせて
いただきます。

http://captivated2.blog.fc2.com/blog-entry-158.html

残念ながら、学会員さんの中でも上記のようなミスをされている
かたが、よく見受けられる。 特に幹部らしき方の実名Facebookが
あって恐ろしい。

ナリスマシや自称学会員に対する警戒もさることながら
通信機器の発達と情報網の多様化、そしてSNS利用者の増大
により、「実名」を証さなくても個人情報(プライバシー)をネットに
放流すればするほど、人物特定ができるのだ。

たとえば、Facebookなどでは「実名登録」を推奨していますが
「偽名」でも登録できますし、メールアカウントを使い分ければ
複数のIDを所有することも不可能ではない。
もちろん「実名」で登録され表現活動をされている方もいるが
中には「自営業」の宣伝を兼ねてSNSを使っている方がいる。

そういったSNSで「創価」のキーワードを使い登録者のみが閲覧できる
「グループ」の作成ができますが、あきらかに「実名」でセルフィー
(自撮り画像)や会館内での他会員の記念写真をアップしている方が
けっこういる。

限定公開の「グループ」ではないのだが、
たとえば以下のFacebook記事をみて欲しい。(直リンクはしていません)
https://ja-jp.facebook.com/seikyousinbunkinoshitahanbaiten/timeline

聖教新聞販売店 と銘打ち 画像をアップし、会合の内容まで
漏らされてしまっている。
上記の方は、現役の学会幹部であることは論をまたない。

一旦こういった人と交友関係(イイネを返すだけでも)をもつと、
芋づる式に交友関係がバレるだけではなく、好意的でない人の
好奇の目にさらされてしまうのだ。

上記Facebookの読者リコメで
「聖教の販売店の方がFBをされていて、又、感じたことを、
 載せていられることは素晴らしい・・」と書かれている方が
いるようだが、はたしてそうだろうか。
あのような類いの記事を素晴らしいと評価をするのはたいてい
「創価学会員」さんだけだ。

ある会社に所属している人が職権で知り得た内容を書き込んだり
自営業の方が来店されたお客様のプライバシーを漏らすだろうか。
そういった行為は拙には慢心による軽率な行為にしかみえないのだ。

今回紹介したのは、全公開のSNSですが非公開型のグループで
あればプライバシーに関わるもっと危険な内容や無断転載などの
違法行為が蔓延している。
いずれ記事にさせていただいて、注意喚起を促したいとおもう。
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創価ダメ出しブログの秘密

拙ブログで気まぐれで数度か話題にさせてもらっている
ブログ村創価カテで人気ブログランキングINポイント1位の
「創価学会員によるダメ出しブログ」

ブログの存在は2014年の12月から認識しており、元男子部のバリ活動家
を自称している時点で、よくある「内部アンチ演出」だと判断し、継続的に
観察はつづけていた。

「統監がなくなっても創価学会員」を主張する管理人氏に、ふと
興味が涌き、一度対話をしてみようとコメント欄に投稿してみた。

“ひとつ疑問におもったのですが、管理人さんはよく「大御本尊」
というキーワードを出されますよね。

管理人さんにとっての「大御本尊」への信受とは
具体的にどこにある御本尊様を信受することでしょうか。 ”



すると、このような表示がされ「書き込み制限」がかけられていることに
拙は気づいた。

いきなり書き込み制限w

FC2のブログ投稿欄は、自動投稿を防ぐ為、任意の数列を入力したり
コメント管理キーワードを設定しなければならない認証式なのだが、
一度も投稿した覚えがないにもかかわらず、すでに投稿者IPを指定した
「書き込み制限」がかけられているのだ。

普通はブログのコメント欄に書き込まれた場合にのみ、コメントを書き込んだ
相手のIPアドレスが管理者に解る仕掛けになっており、管理人が迷惑だと
判断した場合、該当のIPアドレス使用者の書き込みができないように処理できる。

ところが「創価学会員によるダメ出しブログ」に投稿した覚えが無い拙のIPが
すでに登録されているということは、実に不可解だ。
ただ単に拙が物忘れをし、以前ダメ出しブログに投稿したことを忘れていたと
しても、書き込み制限がかかるほどの回数を投稿したことは全くないと言い切れる。

アンチ学会系のブログで「FC2」のサービスを使っていたブログはいくつか
あったように記憶しているが、
自称「統監が無くなった会員」の管理人は、以前別のHNを使いFC2ブログで
アンチブログを運営していた可能性が高い。
そちらのほうなら拙がコメント欄に投稿をした覚えがあるからだ。

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地雷男からは逃げろ :創価の森ウォッチ 138

菊川氏のブログは「タイトル」で読者の眼を引こうと狙っている
場合が多いようにおもう。

「創価の森」ファンのかたなら過日、公開された“余命20日”云々
などというタイトルにドッキリさせられた読者の方も少なくないの
ではなかろうか。
読めば、たんなる菊川氏の夢オチ話だったのだが、三流週刊誌の
電車内広告のようにタイトルと中身の落差があるケースがよく
みかけられるように思う。

12月15日の記事のタイトルは「伴侶に捨てられても幸せになれる」と
いうものだった。
菊川氏はよく過去を振り返り、自分が前妻に「捨てられた」という表現
を好んで使う。
今回の内容は以前にも「創価の森の小さな家」などで公開された
内容を踏襲している。
「捨てられた」とは菊川氏の自嘲的な意味合いかとおもいきや、
心理的にはそうでもないようだ。

あるところに
「結婚したいなら避けたい意外な地雷バツイチ男性3タイプ」
という興味深い
記事が紹介されていた。
その記事によると、これからおつき合いしようとする男性がバツイチで
「突然前妻ににげられた」などと言っている人は“高い地雷度を誇る”のだとか。
離婚には双方に問題があるものだが、一方的に「逃げた」とか「捨てられた」などと
前妻を悪者にしている人は、被害者意識が捨てきれてないのだそうだ。

そういわれてみれば、過去何度か菊川氏から苦言をいただいたり
「法に訴える」的なアピールを実際にされたことがあるが、その感情の
底には「僕が君になにをしたっていうんだ」という被害者意識がありありと
みてとれた。
これに近い感情を持っているのは「元学会員」を自称するアンチさんたち
も同じではないだろうか。
「組織に捨てられた」などとアピールしている元学会員(特に日顕宗門徒)
がブログを開設しているのだからネット創価系界隈はカオスのごとき有様だ。

前述「地雷男」記事中の

“「突然」「理由がよくわからないのに」はなんのエクスキューズにもならない”


は明言だと思う。 (注:エクスキューズ=言い訳)

結婚するしないは別として、「捨てられた」だの「追い出された」
といった被害者意識の高いワードを無意識でつかっているブロガー
は「おつきあいしたくない」タイプの男性だといえるのではないだろうか。
最近「逃げるは恥だが役にたつ」というドラマが話題になっているが、
地雷男からは逃げた方が巻き込まれずにすむと拙は推奨したい。

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「あの人が来る!」学会会館に来訪予告: 真実を語るウォッチ38

「真実を語る」ブログの運営者にして、心理カウンセラーを称する
ちよ(たえ)さんが、墨田ではなく他県の会館に来られるとの公式
発表が彼女のブログ記事でされていた。

私 決意しました\(^o^)/
川越の 文化会館へ 行ってくるわ~(*^-^*)
(略)
そっちも ちゃんと 言っておいてね
墨田区から ○千○×という ちょっと困った 婦人部が行くから 対応よろしくと・・・

【 真実を語る:2016/12/16日付け記事より抜粋 
             注:実名らしき名前が書かれていたのでその部分は修正 】




ブログで知り合ったという方の入会勤行会を聞きつけ、他県の会館に
訪れたこともある「ちよ」さんにあらためて驚くようなこともないかも
しれないが、今回は誰かに呼ばれている訳ではない。
ただネット上で見かけた、ある墨田区の婦人部のウワサ話の情報源と
やらを確かめるために直々に会館に乗り込むのだという。

彼女の言う「そっち」の方が誰なのかは明確にされていないが、
引用元も示さず、解説もなしにアメブロの「つぶやき」を転載している所
をみるとどうも 噂の
「墨田区で幹部とトラブルがあり厳しく注意された婦人部員がいた」という
内容が腹に据えかねたらしい。
会員間の行き違いによるトラブルは、どこででも時折あるとおもわれるの
だが、「ちよ」さんが墨田区の婦人部を代表して、川越文化会館に乗り込む
つもりなのだろうか。

墨田区の婦人部に知り合いのいない拙は、墨田の学会員というとまず
「ちよ」さんを連想してしまうほど彼女のブログ記事を注目しているのだが、
かつて彼女がネットを通じた直接対面について、このように主張していた
ことを思い出した。

こういう人達、「今度お会いしませんか?大誓堂もできた
事だし」と言っても、その事は、スルーですよ
会って話すのが、1番だと思うのにね
結局は、卑怯者って事ですかね?
全部、いっぺんに、お断り申し上げる事にします(笑)
by ちよ  【 千早さんブログでのコメント 2013-12-04 07:05より抜粋 】



信濃町で会おうと誘っても無視されかもしれないので、そういった
誘いはお断りしているという風に拙には読めたし、会ったことも
ない人に身バレをするようなことも推奨できない
(特にアメブロユーザー同士のリアル接触は禁止されている)ので
上記の彼女の判断は間違っていないとおもったのだが、三年たって
「ちよ」さんは境涯革命でもされたのだろうか。

それにしても「ちよ」さんも思い切った記事を公開されたものだ。
ネットでの個人的な悶着を解決するために他地域の中心会館に
押しかけて幹部に「対応」を要求する記事を公然と公開するのは、
騒動になりかねないことに気がつかないらしい。

学会本部周辺でウロチョロしているアンチ学会の連中のように
ネットで予告して実行するという示威行為とみなされれば、当然
該当会館は不審者対応のため、関係者が警戒態勢をとるなどする
だろう。
まして「不特定の墨田区の婦人部員がネットで中傷されている」
などといった苦情を受け付ける対応など通常の会館業務でもない。
「私がその被害者だ」と力説したとても、創価学会として推奨している
活動の範疇外なので、対応のしようもない。

自分から乗り込むことで、心理的圧力をかけ第三者になにかを
させようといういう発想はれっきとした「強要」であり、予告したことで
実際に相手側がなんらかの労力を負わざるをえなくなったとすれば、
「威力業務妨害罪」に問われる可能性だってありえる。
冗談ではすまされないのだ。

残念ながら、ちよ・たえさんの麗しい善知識さんの中から
「それはやめておいたほうがいいよ」という声があがってこないようだ。





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創価学会の脳内退会法

創価学会の友人葬について、かなりイマドキの寺院葬論を展開
された某氏が、こんどは創価学会員ではなくなったという記事を
公開していたので、興味深く読ませていただいた。

なんでも「友人葬」に参加した折に、知り合いの学会員さん数名から
「学会をやめちゃったの?」と聞かれたので、自分で調べたところ
幹部が勝手に氏の退会届をだしており、統監からはずされていた
ということらしい。

氏はこのように推測する。


『「いや。見ていない。ただ上からそう言われたから・・・」』
(略)
『どうせ、俺は十年以上組織にもついてないし
統監を落としたところで俺に分かるはずもない。と思ったんだろうな。』
【ダメ出しブログ 「ついにお別れの時が。創価からの完全追放。」 より抜粋】



真面目な学会員さんなら、この話しが嘘だとわかり思わず
笑ってしまうだろう。

ネット上でも「統監」について話題にされている場合があるので
会員外の方でも興味のある方はしっているかもしれないが
「統監」とは入会されている会員の把握をするために、数ヶ月に一度
行われる各地区での確認のことである。
晴れて創価学会に入会をすれば、会員カードを起票し所属の地区が
管理をすることとなっている。 
簡単に言えば住民票にあたるものであり、個人情報にあたるため
厳重に管理され、取り扱いや手続きも全国統一されている。
もちろん信仰活動以外での情報利用は固く禁じられている。

では退会の場合はどうだろうか。
ダメ出し氏のいうように、現場の幹部が当人にしられないよう勝手に
退会届けを出せるのだろうか。

前述したように統監はまず各地区で管理されているものである。
仮に、退会届けがでたとすればその旨を地区幹部がしらない
はずはなく、統監部長がその書類を見たことがないのに退会を
したものとして統監を削除することはできないのだ。
組織として処分される場合においても、現場の幹部が事情を全く
しらされずなんの記名もしないまま「統監の処理」だけを求められる
ことはない。

もし会社などで、上司が勝手に辞職願を出し所属の管理者の署名
捺印もない書類が受理され離職させられたたなどということが明るみ
に出れば、裁判沙汰になった場合敗訴するのは確実だろう。
それとおなじように、創価学会をやめるにしても本人が手続きを
踏み、複数の幹部から何度も指導を受けた上で受理をされるか、
懲戒といった組織的な処分判断を経たうえで退会処理にしても
手続きを踏んで行われる。
手続きを踏んだ上で厳正な処理がされているからこそ、現在でも
たまにみられる元学会員の「会員としての地位回復」を求めた裁判
においても創価学会が負ける事がないのだ。
また手続きをふまなければ、一人の幹部の一存で会員の入会・退会
ができることとなり、統監を管理している地区が混乱することが容易に
想像できる。
別に創価学会に限った事ではなく、登録者の正確な管理は組織としての
事業運営には不可欠な要素である。

したがって、「知らない間に辞めさせられた」などという某氏の証言は
甚だ信用しがたい内容だといえるだろう。
おそらく彼の「脳内創価学会」では、そういいった処理がされている
のだろう。
そういえば、日蓮正宗や顕正会では書面も書かずに入信したことにされ
たり退会書類をおくれば、簡単にやめる事ができるという。

某氏はそういった裏事情を抱えて「学会員のフリ」をしていたのではないか
と考えれば、いままでのブログ記事内容も納得いく。

一部の読者さんは早くから「嘘くささ」に気がついておられるようだが
拙の考えすぎなのだろうか。












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「寺でお葬式」というイマドキな発想。

過日、なぜ学会の会館で葬儀が執り行われないのか
世間一般的な例を示して検証したつもりだったのだか
内部アンチを自称する某氏から「陳腐だ」とのご指摘記事を
(陳腐=ありふれていて(平凡すぎて)、古くさく、つまらないこと。)
いただいてしまった。

昨今、日本の子供の読解力(長文を読んで趣旨を読み取る能力)が
低下しているといった話題があったが、拙の駄文がわかりにくかった
のかもしれないので、あらためて補足的説明をしたい。

最近では斎場だけでなく学校や保育園といった
社会的サービスをおこなえる施設であっても、一般的なマンション
であっても建設の際には建設主体と立地自治会との綿密な
やりとりが欠かせない時代であり、できる限り近隣住民の感情
を尊重することが求められる。
現在日本国内には2000を超える創価学会の会館が存在すると
言われているが、その建設の際も同様であることは論をまたない
だろう。
また拙が知っている限り、創価学会の会館は広域避難場所として
行政に登録されている施設ばかりであり、なかには敷地内を地域行事
の会場として使っていただく場合もある。
(他宗でもそうされている場合がある)
これは従来から地域にある寺と違い施設を建設してから決められたこと
ではなく、あらかじめ関係所轄との話し合いの上で決められていた
ことだと推察できる。 だからこそ円満に建設がはかどるともいえだろう。
では葬儀専門の施設ともいえる「斎場」はどうであろうか。
広域避難場所として適切なのだろうか。
創価学会の会館が会員のために葬儀を行う場所である必要性が
あるのだろうか。

創宗時代まだ地方の会館などが整備されていなかった頃、日蓮正宗
の寺院で創価学会の会合や法要がおこなわれるなどされていたが、
葬儀が寺で行われたという記憶が全くない。 
何人かの方に伺ってみたが、会合や法要など学会員が運営する事は
しょっちゅうあったが、寺で葬儀(通夜~本葬)をしたことはないとの
ことであった。

となると、日蓮正宗を含めた他宗の場合はどうだろうか。
かつて、土葬の風習がまだ見られた頃、埋葬前に地域の住民も
参列された野辺送り(≠通夜・本葬)を寺でされていた記憶はあるが、
防疫上からも火葬が一般的になった昭和50年代以降、寺での野辺送り
もみられなくなってしまった。

だが現代の寺院としての会館を認識したうえで件の自称アンチ学会員
氏は言う

「なぜ斎場としの手続きをしないのか?葬儀も出せない会館を
               会員の金で建設するのはおかしいだろ」
「さすがに無宗教の人だって普通の人間なら
 宗教施設であるなら葬儀の一つもやるのだろう。と思うさ。」
【会館で葬儀をしない事に関する学会員の陳腐ないいわけ。より抜粋】



ようするに会員が供養している宗教施設だから葬儀も出させるべきだ。
近隣住民もそれぐらいは理解しているだろう と根拠もなく述べているに
すぎない。

氏は必死に「一般人の声」とやらを根拠にしているといいたげだが
どのような声を聞いたにせよ主張しているのはご本人である。
実際には、寺での葬儀は大御本尊を擁するとされる日蓮正宗でも
行っていない。
一般的な葬儀が寺でとり行われるのは滅多にないのが現状だ。

氏は最新の記事内で御書を引きつつ、このようにも主張されている。

“であるならば、そうした世間一般の認識を無視し
「そもそも論」を主張するのは、世間の法の外で仏法を行じている愚者だと感じる”
【創価教学じゃない御書講義(28年12月度より抜粋】



実情にあわない個人的な見解を「世間一般の認識」などとすり替えるのは
詭弁術でよくある話だが、そもそも論 を主張しているのはなにも拙だけでは
ないことが、氏には自分のこと認識されていないのが、なんともである。

氏は学会員を日蓮正宗門徒にすることを目論んでいるようだが、
日蓮正宗寺院での通夜・本葬儀を願い寺に主張してくれることだろうし
外部の斎場をつかって葬儀を行っている方には、寺でするのが
一般的だと説いてくれることだろう。

最近他宗のお寺では、寺院と別棟の斎場ではなく「本堂での葬儀」に
注目をしているところもあるのだという。
理由は下記のリンクを参照にされたい。
【お寺の未来ブログ:お寺での葬儀の可能性】
http://www.oteranomirai.or.jp/blog/oteradesougi/


拙と同じような趣旨を述べておられることがご理解いただけるだろう。
また減少する門徒対策として宗派を問わず本葬を寺院でおこえるように
する「寺院葬」を提案している寺院があるようだ。
いずれにせよ通常のな斎場を利用するよりもお高いそうで、まだ「一般的」
とまでは言いがたいのが現状ではなかろうか。


 





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まだ違法動画をリンクしている人がいる

ちよ・たえさんとつながりの深かったハピネス氏が
記事内でYOUTUBEの動画を共有し配信している。

その内容は以前シナノ企画による「教学入門シリーズ」
として発売されたDVD動画を違法アップロードされたもの
のようだ。

(権利者のサイトの該当DVD品番: DK-14 祈りと実証)
 www.shinanokikaku.co.jp/products/detail.php?product_id=233

研究会仏法 というIDを取得しているこのユーザの
チャンネルを見れば他にも多数SOKA.NET等から取得した動画を無断
でアップロードするなどしていることが確認できる。
みれば、学会の会館に設置されている機器からの違法動画もみうけ
られる。
(画面にSHNのイニシャライズが施されている動画がそれ)
これは、ゆゆしき問題ではないだろうか。
学会本部の該当部署に通報するべき事例になるかと思われる。

https://www.youtube.com/channel/UCLDOJasXNa0PVW-5jraO-Hg

こういった一部の悪質な人物の動画をありがたがって

ブログに利用するのは節操がないと思う。

それにしても、動画に限らずネットで創価学会員を
セルフアピールしたがる人は、なぜこうもネットに転がって
いるコンテンツを検証せず、ありがたがってそのまま利用
したがるのだろう。

 
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なぜ創価学会の会館で葬儀がおこなわれないか

ブログ村創価カテにわざわざ登録し、創価学会に対し
難癖をつけている自称「会員」さんが多数いるのは読者の
方もご存じのことだろう。

宗教的な不当性を述べるためには、直接的または間接的
正当性を論じなければならず、どういった情報を根拠にしている
のかが大変興味深いので、拙は結構楽しんで閲覧している。

しかし、あるアンチ系自称学会委員サイトであまりにも
世間知らずな持論を展開しているのには驚いた。
概ね以下のような論旨だ

なぜ創価学会の会館では葬儀が行われないのか。
会員が供養を払っている会館で葬儀をさせないのは
おかしい。



簡単な話である。 創価学会の会館は建設の際、
斎場としての手続きを経ていないからだ。

他宗派の寺はどうなのかは別として
通常、葬儀を執り行うための施設を「斎場」という。
斎場というと火葬場を想像する方も思うが
「斎場」とは
“業として葬儀を行うことを主たる目的とした集会施設” 
の事を指す。
また“業として”というのは聞き慣れないだろうが有償無償
は関係がない。
依頼者からの委託をうけて「葬儀」事業をおこなうところが
斎場だ。

自治体によって色々あるよう基本的に「斎場」を設立する場合は
届け出などをしなくてはならなず様々な条件をクリアしなくては
ならないのが現状である。
一例として相模原市の斎場の設置に関する行政の指導サイトを
リンクしておく。
http://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/machitsukuri/kaihatsu/005144.html

斎場でなくとも宗教施設を建設する場合には、地域
住民とのトラブルにならないよう事前に建設地の
自治体(自治会)との交渉が欠かせないのだが、
どうも件のアンチ学会のブログ主さんは、そういった一般的
な常識も持ち合わせていおられないようだし、調べるつもりも
なさそうだ。











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