どうして同志を批判するのか:創価の森ウォッチ93

( 初出 2013/11/25 )
私は10年ほどネットで日蓮正宗のみならず、創価学会員のブログの変遷を
見てみました。
興味深い持論を展開される方を見つけると、学会員・非学会員の区別なく
記事の内容をコピーし保存してきました。
特に、学会員としての教学を含めた指導スキルをかなりもっておられる方も
中にはおられ経験や実務上の経験を積まれてきた事を感じました。

しかし、どんなに役職上経歴をつまれようが弘教の実績があろうが、いざ
知らない人との「言論の闘技場」に足を踏み入れると、「地」がでてしまう
ようです。

学会アンチのタワゴトは無視できても、自称学会員のタワゴトは無視できない
というのは、その方に「創価学会に対する愛着」があるからだとおもいます。
沖浦さんにしても、ちよさんにしても、菊川さんにしても、自分なりの
「創価学会の理想」をおもちだからこそ、他の学会員らしき方に批判を
されると心を乱されて当然だとおもいます。

しかし、拙の経験として、「アンチのタワゴト」をほぼ無視できるタイプの人は
善悪の判断基準が「内の和」に強く向いているように感じます。
逆に言えば、「内の和」に執着している人は学会批判に対して見ない振りを
されます。
さらにいうならば、高慢と偏見で「取るに足らない存在」という逃避的な解釈をし
思考を停止してしまうのです。
「アンチのタワゴト」はそれでもいいのかもしれませんが、困ったことに
逃避癖がつくと同志の意見に対しても同様の態度をとるようになってしまうの
です。

菊川さんの「三猿運動」などはその典型例で、創価の森の小さな家設立当初
は対アンチのサイトという位置づけでしたが、次第に内々で仲良くやっていれば
アンチがなにをしていようが日顕宗がどうであろうが自分自身とお仲間が
仲良く幸せそうにみえれば良いという発想に変化していきました。
こういった「内の和」コミュは、居心地がよく、特に主宰者に対しての
批判は、コミュニティを構成するオトモダチ全員で排除しようとするものです。

でも、考えてみてください。
創価学会や池田先生への批判は無視できても、ごく親しい人への批判は
許せない。これは学会員として本末転倒です。
社会心理学でいう「共依存」という状態ですが、この共依存はオトモダチ
だけでなく、釣られて主宰者も変質してしまう怖さがあります。

その実例が斧節の主宰者小野不一さんです。
  小野さんは関東の創価学会男子部時代にはかなりの役職と実績をもって
おられたそうです。
10年ほど前、小野さんは対アンチにしても対学会員にしても、創価学会の指導
や御書を引用しつつ、ガンガン破折をされていたので当時アンチの謀略に辟易
していたネットの学会員さんの中では一目置かれる存在でした。
掲示板にも多数の学会員さんが出入りしていました。かく言う私もその一人です。
ところがその裏で、自分がかつて批判していた「学会員をターゲットにした商売」
をしている事を露呈されてしまった時から、坂道を転げ落ちるようにおちぶれて
いってしまいました。
隆盛を誇っていたコミュニティは縮小し、仲の良かった鯖さんに管理権を譲り
渡しましたが、その掲示板も消滅しました。
現在ではクリシュナムルティに傾倒し集団(組織)否定論者になってしまって
ツイッターやFacebookを通じて情報発信をされています。

少々状況説明が長くなりましたが、教学や経歴、信仰体験や唱題の数など
創価学会員として「内」にウケル内容をいくら書けても、いざ学会コミュニティの
「共依存」の関係に溺れてしまうならば、現場での学会活動に不信をいだくキッカケ
にもなるという恐ろしさがあるのです。
おそらくコミュニティ内の人は小野さんの変質を見ても自分には責任などないと
考えているかもしれません。
しかし、たとえバーチャルであっても、一度心を許したオピニオンリーダーがしだいに
崩れ落ちる様をみて動揺しない人はいないでしょう。
特にその相手が学会幹部であるというのならば、なおのことです。
下手をすると信心そのものに不信をいだき現場での活動にも支障がでてしまうかも
しれません。
こういった事実に気がついた人をネットではあまり見かけないですよね。
なぜなら、共依存の怖さに気がついた人はほとんど「学会ネットコミュ」から
足を洗ってしまうからです。

【大果報の人をば他の敵やぶりがたし親しみより破るべし、
                    薬師経に云く「自界叛逆難」と是なり】(佐渡御書)


内々の親近感による軽率な言動や行動で信心がいともたやすく破られてしまう。
正法を保った人の信心を破ってしまうかもしれないのなら、わざわざ見知らぬ学会員
さんと薄っぺらいおつきあいなんてしないほうが罪をつくらずにすみますから。

かつて富士宮ボーイ掲示板で、投稿者が少なくなった事を「よかった」と
評してバカにされたことがありますが、同志間であっても失敗を反省しあって
投稿ルールを構築しバカアンチが容易にこられなくなったからこそ数々の
学会員論客の貴重な時間と手間をかけずにすむようになりました。

「信心の強さ」で人を集める事もできますし、「信心の弱さ」で人を集める事も
できるのがネットワークの特性の一つだとおもいます。

ならばネットを価値的に使うとすれば、どうあるべきかを常に考え続け
その情報を発信していかなければならないと考えています。

そういった思いもあって、「価値を生めない人とは」を書きました。
http://captivated2.blog.fc2.com/blog-entry-112.html

大白蓮華の11月号91ページの池田先生の指導を引用します。

※目的への一念が、はっきりと定まっている人は強い。
 何があろうとも、すべてが成長の糧となる。
 その人には動揺もなければグチもない。
 ふざけや要領がみずからの損失であることが明らかに見えてくる。
 そして苦しみは勇気を、悩みは智慧を、友の嘆きは限りない慈愛を、
 わが胸中にひらいてくれる。

( 時代を開く師の言葉【メッセージ】より抜粋 )

学会員ブロガーさんは、今一度「目的の一念」を見直し
心のどこかに、ふざけや要領がなかったか省みてください。

そしてそれが「世界発信に資するものか」を問いつづけてください。
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