コミュニティに潜む「我見」の罠:創価の森ウォッチ95

( 初出 2013/11/30)

ブログに限らず、人が集まると、ある特定の人がリードをする形でコミュニティが形成
されるという事があると思います。

自称学会員コミュの場合、集団を構成する人達の場合を考えてみましょう。
教学が堪能にみえたり、信仰体験をお持ちで信心深そうな人を中心にマメに
コメントを入れたり、あちこち出向く世話見のよい「世話役」とただただ中心者
と世話役の意見に同調し、反論する事に抵抗のある「追従者」といった構成
になっているはずです。
ブログ村のようなランキングサイトのカテゴリー内こういった集団(コミュニティ)が
できあがると、ブログ主同士やお互いの常連コメンターがポイントクリックをしあう
ことで、そのブログのランキングが上がります。
なぜ解るかといえば、ブログランキング上位三人のポイントを比較できるからです。

一例として、 イプシロンさんブログ、ちよさんブログ、菊川さんブログの
ポイント表リンクを掲示します。

ブログ村イプシロンさん
http://www.blogmura.com/point/00636181.html

ブログ村ちよさん
http://www.blogmura.com/point/01158565.html

ブログ村菊川さん(本館)
http://www.blogmura.com/point/00349828.html


2013/11/30・15:00~25日のInポイントだけを抜き出します。
          30日 29日 28日 27日 26日 25日
イプシロンさん 50   90   80  100   90   100
ちよさん     70  100   100  90    90    90
菊川さん    130  150  110 120  100  120

上から御覧になるとわかるようにInポイントがほぼ同数です。(1日10人前後)
週間の記事更新も1日一本以上をキープしてます。
もちろん三人とも記事毎に「ポチ」依頼を欠かしていません。
ところが、ここのところ毎日更新をしておられないイプシロンさん、菊川さんに
上納金のようなINポイントが付いている事に注目してください(笑)

記事更新もないにも関わらず毎日、ほぼ同じようにIn Outのポイントが
与えられている事が解ります。

しかし、こういった集団はネットに限らず、世間一般でもありがちなものですよね。
学校や会社、ママ友や果ては、アヤシイ社会運動団体まで規模は様々ですが
集団が形成されると似たような構成になるという例です。
社会心理学的には「集団凝集性」と言います。
(参考に・・)
http://keieimanga.net/archives/6927418.html

良い悪いではなく、これは人間の社会心理としてあるものです。
たとえば「ブログ村をつぶやく」カテでも同じ事がいえますね。
集団凝集には、対人的凝集性と課題達成的凝集性があるとされます。

くわしい説明は省きますが、簡単にいえば「人」に集まった応援団か
「目標・目的」を達成するため集まっているかの違いです。
「人」に集まれば派閥となって、これが過ぎると獅子身中の虫に化けます。

ある事がキッカケで、私は長年ネットを通じて「人」に集まっている集団を
観察し続けています。
もともと日顕宗のアンチネット活動家と対峙する中で、偶発的に発生したはずの
集団に属する人たちの意識が、主宰者と連動している事に興味がわいたのが
はじまりですが、同じ事が自称学会員のコミュニティの中にも存在しえる事を
富士宮ボーイ掲示板での沖浦さんとの一連のトラブルで強く認識しました。

-------------

一般的に我見というと自己判断の事を指しますが、本来
仏法における己義を「我見」と言います。
宗教の仏教というカテゴリーだけでも各宗派が存在するのも
それぞれの始祖の「我見」があり、それに追従する人がいるという事です。

しかし、同じ日蓮大聖人の法義をもっていても、各宗派があるのと、おなじく
創価学会員であったとしてもだれかの心に「我見」が湧出し追従する人が
あらわれてしまえば、内部分裂の元になりますよね。
だからこそ「師」が必要になってきます。
従って一度、弟子になったならば常に「師」を求め研鑽していかなければ
ならないと思います。
そして、弟子同士はなれ合いをするのではなく、善悪を見分けられる善友に
近づかなければなりません。

戸田先生の指導を引用します。

//////////////////

※また、ある人が、大聖人の法義を語るとき、正しくこれを説かないで、我流の
考え方でこれを説くときに、かれは我見であるというのである。
すなわち、どこまでも、正しい大聖人の法義を中心にして考えて、よこしまな、
ひとりぎめの法義をば、我見というのであることを忘れてはならない。

(昭和三十年十一月一日:戸田城聖先生指導集109ページ)

//////////////////


この指導のような我見の者についていってはいけないのは当然ですが、
我見を見破る目を養わない限り、派閥をつくっているものが「我見」であるとは
思えないのですから難儀です(笑)

最近、食品偽装が話題になっていますが仏法においても「ホンモノ」と見まがう
紛らわしいものほど騙されやすく罪が深いと言えます。

「創価学会」や「日蓮大聖人」といったブランドに目がくらみ、我見の人に付く
ことで、自分が一番護らねばならない創価学会の信心を壊してしまわないように
願うばかりです。


スポンサーサイト
プロフィール

あべひ

Author:あべひ
「魅惑的な人々」FC2ブログへようこそ!
ご意見や感想は適当な場所でどうぞ

ブログランキングへのタグ
ボタンをクリックするとブログ村に移動しポイントが加算されます。
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
検索フォーム
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
RSSリンクの表示
アクセスカウンター
無料 無料 無料
ブログ村記事ランキング
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

QRコード
QR
アクセス解析