相手のやる気を削ぐサポート:創価の森ウォッチ104

( 初出 2014/4/16  4月ブログ記事ランキング7位 )

菊川さんが、興味深い記事を公開されていました。

※ただそれだけのことで 御書拝読のアプローチができない‥
 これを放置してはならないというのが 私の考えです。
 過去、私は 御書全集を隅々まで 三度 拝読しました。
 その感動を、その喜びを、自分のものだけにできません

(創価の森通信 2014/3/14付の記事より抜粋引用)

これが視覚障がい者さんのための「ひらがな御書」を作成する意義だということです。
菊川さんが自我肥大(自意識過剰)を起こしていることがよく分かります。
自分が得た感想と他人に感じて欲しい感動が、難解な御書を聴聞するだけで得ること
ができるとおもっているようですが、それは思い込みではないでしょうか。

たとえ何度御書を読んでも、自身が日蓮大聖人の振る舞い、歴代会長の振るまいができて
いなければ、その「意」を会得したとはいえません。
本当に感動(歓喜)があるならば、日々の地道な学会活動に邁進しているはずです。
また自分が感動しているというだけなら、単なる天界どまりの荒凡夫です。

御書は基本「古文」であり、たとえ全文を音声ソフトで再生できるようになったと
しても、現在の仮名使いや文法的用法とちがう部分も多々あります。
門下に当てられたお手紙の中にも現在創価学会で行われていない儀式等あり、
仏像、社寺のとらえ方も等予備知識がなければかえって困惑する内容もあるのです。

まず菊川さんは御書を総花的に「感動の書物」としてしか表現できていないことに気が
つくべきではないでしょうか。
拙の近所の念仏の檀家さんに、お経のカセットテープを仏壇の前で流して日々のおつとめ
とされている方がおられましたが、それと同じように、ただ御書を音声で流すことができれば、
その内容も会得できるかのようにするのは間違いではないでしょうか。
通信販売の語学教材のように聞き慣ればしゃべれるというのと、御書の根幹を会得する
ことは全く違うからです。

また、自分でもできる御書の研鑽を、ネット上でサポートするによって、視覚障がい者の
千早さんはコンテンツの完成を待つという立場になってしまいました。
「ひらがな御書」作成以前に千早さんは御書全文が読めずとも、大白蓮華等の創価学会
が出版するテキストをつかって個人で研鑽をされていました。
菊川さんはサポートをするつもりで始めたかもしれませんが、その後千早さんみずからが
個人で研鑽されるといった記事が激減しました。
結局、相手の成長も阻害してしまっているのではないのでしょうか。

あくまで教学は日々の活動の上で、共に学び合う姿勢が大事になってきます。
そうでないと、我見の解釈をしがちになるのが凡夫です。

足りない物をいくら与えたところで、本人に依存心を芽生えさせ、解説もない
「ひらがな御書」の完成をただひたすら待たせている状況なら、いったいなんの為に
現場での活動や御書学習会があるというのかということになってしまいます。

本人がちょっと勇気をだして努力するだけで、現場でもできることを「ネットで代替」
する事がどれだけ「感動を自分のもの」にしているというのでしょうか。

結局、菊川さんは「自分が感動」するために、お仕着せのシナリオをつくり、それに
遠方の障がい者さんにネット経由で近づいただけではないでしょうか。
なぜ身近な障がい者さんに対して心の中でエールだけを送り、自分が近づいて
いった障がい者さんをネタに誇張ぎみの「有益性」を解き、固執するのでしょう。

善意の押しつけで、他人が感動するはずだなんて思い上がりは、自分の為にも
相手の為にもならないでしょう。
創価学会員さんはなんの為に「御書」を勉強し、学会活動をするのかという大目的を
忘れていないでしょうか。

池田先生は指導されています。

◎学会活動は、みずから決めて行うところに意義がある。それが仏道修行だ。
 爾前迹門の場合は自分だけの修行である。
 だが、、観念的な利己主義な二乗根性では人を救えない。
 本門の場合は、等覚一転して名字妙覚になる。
 行動は菩薩であるが、根本は仏であり、自分だけではなく人を救う立場になる。
 したがって、われわれも学会のこどだけを考えているようでは、まだ迹門の行動である。
 社会、国家、世界の救済に船出せねばならぬ。

  【指導メモ 178ページ 学会活動】


御書を三度通読した。感動した。だれかにこの感動を伝えたい。
それだけの動機では利己主義の二乗根性ではないでしょうか。
また、ネットを通じた個人のコミュニティに近づいてきた、他地域の学会員の方の為をいう
ことだけを考えているようでは「迹門」の行動といえるでしょう。
特に教学の理解は「心肝に染める」ことが不可欠です。
染めるには、地道な活動が不可欠です。

ネットに便利なコンテンツがそろえれば、困っている人が信心できるなどという甘い考えは
、裏をかえせば「できるだけ楽をして実利をとりたい」という自己の信心の現れでは
ないでしょうか。



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