斧節(旧・創価王道)の功罪

( 初出 2011/7/8 :2014 6月記事アクセス3位 )
斧節(旧・創価王道)で市販の書籍を引用しながら
発表された結論が以下です。
a0212032_17433524.jpg


※祈りは絶対にかなう。死後の生命の存在。物語としての因果論。
 ここから脱却しない限り、21世紀の宗教たり得ない。
 これらは既に科学領域で完全に否定されているのだ。
 
http://megalodon.jp/2011-0708-1640-50/d.hatena.ne.jp/sokaodo/20110702/p2


彼の主張はいつも非常に抽象的で、「21世紀の宗教」という
新たな概念を構築するために、あらゆる学術書から哲学書までを
網羅しているように見えます。
どうやら小野不一氏の認識では「組織」の所属は弊害のみが顕著であり
個人の努力による覚醒こそが宗教本来の意義であるかのように
読み取れます。
そもそも批判の根拠となる「スピリチュアル系学会員」という定義が
意味不明です。

スピリチュアルとは最近流行のコトバですが元々は
「スピリチュアリティ(霊性)」を指しており、いわば非宗教系の
「お告げ」とか「予言」の類いのものとして認知されている事例を
思い浮かべる事でしょう。
おそらく小野不一氏は
「科学的に証明出来えないことを、論理体系化されているように話す」
人を指して批判しているのだと思われます。
小野氏の論で言えばすべての宗教は「スピリチュアリティ」な部分が存在
します。
むしろスピリチュアリティとは「特定の宗教」の形をとらない精神的
癒やしに属するシャ-マーニズム的行為だとも言えますから
自論に相容れないことを言う人をさして「スピリチュアル」と批判する
のは滑稽です。


さて
『ここから脱却しない限り、21世紀の宗教たり得ない。』の
キーワード検索をしてみたところ、

斧節ファンの Libra氏が早速取り上げていました。

※小野不一という人物がそのように主張しているということに、わたしは
大いに関心したのである。

というのも、小野氏の主張は、彼が「師匠」として尊敬する創価学会の池田
大作名誉会長の主張を真っ向から否定するものだからである。

池田名誉会長らは、『法華経の智慧』第4巻において、死後の生命の存在を
肯定するキューブラー=ロス氏やレイモンド・ムーディ氏の研究を「学問的研究」
などと言っていたが、小野氏によれば、死後の生命の存在は
「既に科学領域で完全に否定されている」とのことである。

(仏教と批判的合理主義~ Libra氏のブログより)


////////////////////////////


小野氏の主催する「斧節(創価王道)」での一連の研究発表は
Libra氏をはじめ、主に組織批判者の論理的根拠になっている事は上記をみて
も理解できるとおもいます。

そもそも科学領域で「生命」の定義がないのですから否定している
とまでは言い切れないのが実情です。
小野不一氏はその点を「脳科学」の認知システムを引用して
批判しますが、それとて「死後の世界」を否定している文章ではまったく
ありません。

最近はネット古本屋のサイトも誰かに明け渡したようで
大幅なサイト改変がみられますが、小野不一氏の主張は「現場の否定」スタンス
から「根拠を書籍」に依存しているだけです。


彼のような人を見るにつけ思い出すのは 「ヒトラーの秘密図書館」という
書籍です。

(書評はネットのあちこちに点在するので興味のある方は検索して
 みてください。)

簡単に説明すると
「ヒトラーの秘密図書館」とは彼の大量に所蔵していた一万六千にも及ぶ
蔵書の事を指します。
歴史科学者のティモシー・ライバック氏が米国や大学に残る「ヒトラーの蔵書」
をひもといて、ヒトラーがどの時期にどの書籍を好んで読んでいたかを
研究した一冊です。

「わが闘争」にも“「読書は自らの観念というモザイクを形成させるための
ための石を集めるプロセス」で、それによって必要な情報を「瞬時」に見分ける
技術を磨いた”とあるそうで、かなりの読書家であった事がうかがえます。

そして「ホロコースト」も「ポーランド侵攻」も「民族至上主義」も、書籍を
通じてヒトラーの「わが闘争」の理念に合致する根拠を得ていたという
実に示唆に富んだ研究書です。

話を戻しますが、小野不一氏のやっている組織からの離脱を示唆する
「わが闘争」は現在でも 「自らの観念のモザイク」を形成する為の
「石」を集めている段階である事が推察されます。

その「石」の核となる主張は「クリシュナムルティ」という宗教哲学者の
主張にかなり依存をしている事は記事の多さからいっても間違いない
と思います。
クリシュナムルティは自分の教団を突然解散し宗教としての「組織性」を
批判しながら、不遇な最後を遂げた事を考えれば、私は
小野氏だけでなく「批判するための組織の存在」に成り下がった組織
にいまだ所属しているという自己矛盾の立場が精神的に悪影響を及ぼす事
を心配しています。

共産党員がやった「自己批判」によるイデオロギーの再構築と同じ行為を
現在 小野不一氏が『行為』として行っている最中なのでしょう。

自分の立場を「批判的な目」で見てみる事が絶対悪いとは思いませんが、
答えを出さない(出そうとしない)ただの「問題提起」は、その考え方に賛同
する人にとってはまたとない「好餌」なるだけなのではないでしょうか。

Libra氏の書評を見る限り「組織からの解脱者」としての評価しか
されていません。
これはネットに多数いる「組織不要論」・「ネット個人教学思索派」の方々に
決して良い影響があるとは思えません。


※目的を持たない人は、やがては零落する。
 全然目的のないよりは邪悪な目的でもあるほうがましである。

 (カーライル)

創価学会員の師匠池田大作の言葉を引用するまでもなく、日蓮大聖人も
信徒組織の育成に力を入れられていた事は事実です。

自分の信仰の核となる創価学会を全否定した時に、広宣流布の目的が
みえなくなり、その「代替目的」として「邪悪な目的」にすり替える
ことで自分の存在意義を確立させることが出来るのは「アンチ」と
共通する理念です。


零落=落ちぶれる 事に対する漠然とした不安の裏返しで
所属する団体を批判する事は愚かだと言わざるを得ません。

またその行為を見て見ぬふりをし、「斧節(旧・創価王道)」の開拓した
人脈と蓄積された情報だけを評価している「鯖くん」一派は、
斧節(小野不一氏)に対して影の応援者になっている事を気付くべきだと
おもいますヨ。

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