困った時の学会だのみ・受け身の信心

ブログ村創価カテゴリーで私が注目している「創価学会のおっさん」さんの最新記事
によると、始められた事業が少々行き詰まっているようです。

/////////////////////////

※そもそもカフェを引き受けた時は、広布の為にて思うてずーっと祈ってることが
 現実になってきて、ほんま功徳や!とか思うた。
 (略)
 ほんで実際運営してみたら、即効でアカンて思うた… うん、こんなもん無理、まあ
 ここで理由は言わんけど。
 そやけど、祈ったり、周りの力もあるし、何とかなると思うて、ジリジリ頑張って
 きた、けどもう無理!
 指導うけたり、周りに相談したりした結果、こんな感じやった。

(派手に転んで再起! より抜粋引用)
http://ossandesugananika.blog.fc2.com/blog-entry-215.html

/////////////////////////

もともと、関西のおっさんさん(以下「おっさん」さん)は、なにか生活上での
大きな困難にぶち当たった・・という事で昨年の10月からブログを始められました。
当初は、真剣に学会活動をされたり唱題会をされたりといった活動記録をブログ
に公開されていました。
いつの頃からかコメント欄を通じた同じブログ村の登録者との他愛もない
コミュニケーションを楽しむだけの内容になってしまっていたように感じ、
「ネットコミュ善行論の学会員さん」 http://goo.gl/gJ7oo2
を書かせていただきました。

さて事業継続が難しくなったという「関西のおっさん」さんに再度、拙の
主張を書かせていただきましたので、以下転載させていただきます。


【2014/07/16 派手に転んで再起! へのコメント】


学会の指導を受ける際、事業が行き詰まってからの事後報告では
どうすることもできませんね。
そもそも、最初の目論見を間違えると、リスクが見えなくなります。
特に金銭問題や権利等の民事的問題はなんともなりません。

「責任を取る」というと聞こえが良いですが、利益がでないままゴリ押し
で営業を続けるのは貴方個人のプライドの問題です。
特に接客系のお仕事は、主観的な自己評価ではなくお客様のウケという
実績がすべてです。

ちょっと内々での評判が良かったから場所を変えれば・・・という発想で
上手くいくと思うのは経営者として間違いですよ。
なにが駄目だったのかを見通せないなら同じ事を繰り返した上に動いた分の
借金が嵩むだけです。

少々言葉足らずだったので追記させていただきます。

創価学会の幹部に対して仕事をどうすればよいか・・という
社会生活上の質問をしても、信心の上からの指導しかされません。
というかできません。
事業が失敗してどうのこうのではなく、信心の上からどうしなければ
いけないかの指導がされるだけです。

戸田先生もそのように指導されています。

世間一般でいう「我見」とは、おっさんさんのいわれるように
「自分でそう決めた」という主観的なものを含みます。
それに関しては、戸田先生も

『世法において、確固たる我見、すなわち、処世に対して確固たる自己の
 見識を持ち、堂々と振る舞うことは、なんで悪いことがあろうか。
 班長だから、地区部長だからとて、世法における方法を、どうして指導
 できようか。私自身にしても、それは、できえないことである。』

(昭和三十年十一月一日:戸田城聖先生指導集109ページ)

と釘をさされています。

たとえば、ネットの使い方一つとっても、学会員が表現活動としてブログを
使用するのが良いのか悪いのか・・といった「規制」を論じるのではなく、
その内容は創価学会員としてどうなのか、信心の上でどうあるべきかを
お互いが切磋琢磨しつづけなければなりません。

以前、「おっさん」さんに、行きずりのような形で仕事を安請け合いしても
成功した話しを聞かないという趣旨のことを書かせていただきましたが、
あくまでこれは私の経験のうえの話です。(我見ですね(笑い)

しかし、おっさんさんの安易な信心利用はずっと気になっていたので同志
として耳の痛いようなことでもズケズケと書かせていただいています。
おっさんさんは、自分がこれだけ唱題を頑張っている、またいままで頑張って
きたからどうにかなる・・と都合の良い結果のみに依存する「慢心」が
あるように思います。

前述した戸田先生の指導の続きにはこのようにあります。

※ただ、班長、地区部長が、偉大なる確信をもって言える指導は、
 信心と、折伏と、御本尊様の功徳のことだけである。

(引用元、同上)

決して「学会幹部」だけへの指導と考えないでください。
役職がなくても、学会員として同志に、また友人知人に対しての仏法対話に
おいて話さなければならない指針だと思います。

そう考えると、今回のおっさんさんの世法上の失敗が「信心」のうえから、
どうであったのかを考える事が重要ではないでしょうか。
それこそが「本因妙」の信心へと繋がるのです。

関西は「ワテラの先生」で頑張ってきたのではないでしょうか。
戸田先生も池田先生も、事業では大変苦労されています。
その時どうされたのか?を今一度思い起こしてみましょう。
スポンサーサイト
プロフィール

あべひ

Author:あべひ
「魅惑的な人々」FC2ブログへようこそ!
ご意見や感想は適当な場所でどうぞ

ブログランキングへのタグ
ボタンをクリックするとブログ村に移動しポイントが加算されます。
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
検索フォーム
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
RSSリンクの表示
アクセスカウンター
無料 無料 無料
ブログ村記事ランキング
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

QRコード
QR
アクセス解析