【心理】組織の離脱は「ニュートラル」な思考に不可欠か 1

( 初出 2011/06/04 )

先日のNHKの「クローズアップ現代」で、「中国天才少女あらわる
 ~見直される“将棋”~」という番組を拝見しました。
(参照リンク: http://cgi4.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail.cgi?content_id=3048 )

日本の将棋は「取った駒」を自分の駒として使える独自ルールがある事で、
同じようなチェスよりも次の一手の選択肢が膨大な数に増えるのだそうです。
天文学的選択指の中からお互いが最善の一手を読み解いて対戦するわけ
ですが、思考力を鍛えるために、お隣中国では学校の授業で将棋を取り入れて
いるという報道でした。私も時々囲碁や将棋の番組を見て、解ったような顔を
している事がありますが解説をしている人もさることながら、対戦終了後に
棋士たちが反省会のように「打ってきた手(棋譜)」を再現して検討するんです
よね。私はあそこまで「記憶力があるのか」と感動すら覚えます。
出した手が良かったのか悪かったのかは相手にも左右されるのでさておいて、
知恵を絞りあって対戦をしているのですから覚えていて当然なのかもしれません。
(当然、私は場当たり的なので無理です(笑)

さて、創価学会系のブログで有名な「小野不一」さんのブログに以下のような
記事がありました。


※認知そのものにバイアス(歪み)が掛かっている(認知バイアス)。
信念・価値観・政治信条・宗教はバイアスそのものといってよい。色のついた
メガネを外さない限り、歪みは自覚されない。自由に思想する人のみが、物事を
あるがままに見つめることができる。
(参照リンク) 2011/5/30付 「「頭が割れる」羽目」
http://megalodon.jp/2011-0531-1034-43/d.hatena.ne.jp/sokaodo/20110530/p1


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自分の所属しているはずの組織を、批判するためには距離をおかなければいけない
という怠惰的な持論を持っておられる方は、けっこうネット上ではお見受けします。
彼はネット古本屋を営んでいるので、いろんな知識を学会系以外の書籍から
引用してこられたりするのですが、以前は古い学会指導を元に指導者論等を
発表されていたりしました。 でもどうやら地元の組織に対して不信を抱かれている
ようで最近は「組織批判」の為の一手を、雑学本などから引用をされて話題を
展開するケースが顕著になってきました。私はイスラムの根本原理は戒律(ルール)
が厳しく、基本的にキリスト教等と変わらない「施し(共栄)」の宗教なのだと理解
していますが、それは私が確固とした信仰を持っているから「頭が割れず」に
すんでいます。 上記のブログ内で示された書籍も基本的に著者が「宗教心」
というものを持ち合わせていなければ理解不能になって当たり前なのです。
創価学会を説明する上でも同じことですよね。なかなか理解してもらうのは
骨が折れます(笑)

バイアスというのは本来(偏り)と訳されて「歪み」と表現されているところが
彼の心を反映しているのだとおもえます。バイアス(偏り)が是か非かでは
ありません。いわばただのジャンル分けと同じなのですから。
では小野さんをはじめ、組織批判者がけっこう口にする「思考の中立性」
は(“ニュートラルな立場”とも言われますね)、ある「偏り」があれば
成立しないのでしょうか? 
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