批判に耐えられない人はブログをしないほうがいい

( 初出 2013/11/27 )

ブログ村創価カテの方が最近ブログを更新しないなぁと思っていたら
「批判されて自尊心が傷ついた」という主張をされていました。

曰く、「揚げ足とり」だと。

もともと「揚げ足取り」というのは

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※相手の些細な失敗や言葉じりに付け込んで、相手を責め立てること。
                (はてなキーワードより)

------------
だそうです。

たとえばブログなどでAさんが「おはようござます」とミスキーをした事を
Bさんが「あいつはバカだから日本語もロクに理解してない」などと攻撃
する事です。
Aさんが些細であっても「失敗」した事を認識しているから「揚げ足取りだ」と
指摘できるわけです。

「揚げ足取り」以上のイヤガラセが「難癖・いいがかり」です。

これは自分にミスがあろうがなかろうが、たいした根拠もなくインネンを
つけ続けるだけで相手を責め続けることができます。
思い込みで大騒ぎをしておいて、いざ根拠となると自分に直接関係のない
事が理由になっています。
ただただ「気に入らない」とか「おもしろくない」と不満をぶつけつづける
のですから、周りの雰囲気は悪くなります。
むしろ「場を不穏にする」事は方便で、有利な条件を引き出すことが主目的では
ないかと考えられます。
モンスタークレーマーとも呼ばれていますね。彼等は「つけいる隙」を狙っています。

学会員同志でも意見が対立する場合がありますが、その機に乗じてはいりこんで
来るわけです。

よく池田先生が「学会員は仲良く」と指導されますが、「魔が入らないように」と
いう意義も含まれているように感じます。
当事者以外の方にも「愚痴」の心を起こさせてしまうからではないでしょうか。

ではいったい「魔」はどこからやってくるのでしょう?
「仏」と同じく「身中」にいるのです。

身中の魔が呼び起こされているにも関わらず「人のせいだ」と感じさせるのが
魔の怖いところだとおもいます。
「仏法を壊乱するは仏法の中の怨」(呵責謗法滅罪抄)なのです。
アンチや批判者はいわば己身の魔を呼び起こす「きっかけ」でしかありません。

まだ自分に非がある事を認識していればまだしも、弱い自分に納得できずに
隠そうとしている人はかならずといっていいほど、このセリフを言います。

「気に入らないならみなければいいじゃないか」

この発言は「気に入った人にしかみてもらいたくない」という願望の裏返しです。

ネットという世界中から閲覧できる有象無象の荒野に、一人立てないままで、
すこしばかりの希望を求めて旅に出ているようなものです。
だから批判に負けてしまう。

いえ、学会員ならば許されるだろうという「己の甘さ」に負けてしまうのです。

インターネット砂漠で心の「オアシス」を見つけようとしている人は解って
いても、身内からのわずかばかりの慰めや無責任な励ましという蜃気楼に
騙されます。したがって追っても追ってもゴールにはたどり着きません。

一人立てない人の境涯は雪山の寒苦鳥と同じです。

身中の魔に気がつけず、批判に耐えられない人は、学会の看板をあげて
ブログなんてやらないほうが良いとおもいます。

趣味一本でブログもコミュニティもできます。
でもそういった一般的なコミュニティでは、創価学会員としての思いを
書くのは困難だと思っている。
だからこそ、学会員だけのコミュニティをネットに求めているのでは
ないでしょうか。

「学会員は仲良く」・・の指導は好きな内輪だけで盛り上がっていましょうと言う
趣旨で使ってはいけない内容だと思います。

なぜなら創価学会はどこまでいっても指導主義だからです。


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