「学会元バリ幹部」の教学力と発信力

( 初出 2011/12/1:加筆9/27 )

最近は元学会員で「バリ活」だった事を自慢する若者が何人かいるようですが
おしなべて低レベル教学論者である事から、いかに「生きた教学」が必要かを考えさせ
られてしまいます。

折伏一辺倒でもだめ 唱題一辺倒でもだめ 自己満足の教学はさらにダメ。

内部アンチの方にしても「対話」ができない人が多くいるのが印象的です。
発言した事の真意を確かめるだけでも不快感をあらわにする人が多いですよ。

個人教学にハマった人ほど、基本的な認識からからズレているケースがあり
その認識に至ったソースをさがすとなぜか日蓮正宗にたどり着く事もよくあります。

たとえば、あるアラシ行為をするアンチさんが取り上げた、内部アンチの有名人
想学サロンの運ちゃん氏は「学会員はもっと教学を学ぶべきだ」 と 一見すると
正論をのべているのですが彼に言わせると・・

※つまり「境涯」という言葉は、日蓮さんの御書に明示されているものではなく、
 一言でいえば「学会造語」と呼んで間違いないでしょう。

http://megalodon.jp/2011-0924-1020-32/sougakusalon.blog.shinobi.jp/Entry/222/



御書には「境 界」として何度も出てくる事を知らないようなのです。
たしかに御書は「古文」なので現代の表記や意味が異なる部分があるのも事実です。
法華経に説かれる一念三千の法理は、人間の瞬間瞬間心の変化を十の「境涯」と
照らし合わせて証明しているのです。
たとえば、御書には
『今の縁は自行の二智を禀けて仏の境界を極め・・』(三世諸仏総勘文教相廃立)
という一節があります。

学会憎しで「境涯」という考え方そのものが学会造語であるかのような我見を
たてしまえば、たとえお題目を唱えようが御本尊様が同じであろうが 無益 
なのだとおもいます。
なぜなら信じている教えの「根本原理」から否定しているのですから。
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