グループの純化と相互依存

一人一人がが職務にまじめでも、グループを仕切る役員のモラル低下、
私物化を放置すればその組織全体のイメージダウンになります。
特に、事業に関して“よさげなイメージ”つくりあげている所では
イメージダウンを押さえるべく 外罰攻撃に転じるか、世間に同情を
買ってもらうかの、いずれかの選択をしてしまいがちです。

それでも、やっている事業の需要がわずかでもある以上、創立者は
「問題がない」と錯覚し過ちを是正するのが遅れてしまいます。

実質お互いが「外部に発注」する形で、ファミリー内で利益を上げる方法って
某ダイレクトメールの事件といい、西松問題といい、MLMといい似たような事
しかできないものです。

結局、だれしもが持ち得るであろう一般的な善悪といったような、社会的
判断よりも、グループ内での自分自身の存在価値を優先し、コミュニケーション
を深めることで、お互いが影響しあいます。
これが心理学でいうところの「心的相互依存」です。

これには表面的な利害関係や物理的拘束なんて必要ありません。
偶発的に始まったりするものですが、いつでも辞められるのに辞められない。

傍目から見て「罪の意識がないのか」とか「騙されているのに気がつかないのか」と
短絡的に考える人も多いと思いますが、同じ壺の中に入ってしまえば
もっと単純な無意識下の自己保全の行動論が優先されてるだけなのです。
いくらその発言をあつめ分析しても、深い理由など多分みつけられません。
ソシオパス的発言をそのまま理解しようとするだけでは、もっと混乱するのと同じです。

また一度できあがったグループ内では、暗黙のうちに多数に意見を合わせることを
強制する「同調圧力」がはたらきやすいために、異なる意見は排除されます。
結果、おなじような思考をもつ人間のみが残ります。
これを「グループの純化」といいます。

「その場所に存在価値が」 「ある」と認識しているうちはどんな愚かな集団で
あったとしても、痛みが伴っても最悪命を失ったとしても “自分から抜け出る”ことは
不可能にちかい。

だから日蓮大聖人も仏典を引用され 
『仏誡めて云く「悪象に値うとも悪知識に値わざれ」等と云云』(教機時国抄)と
いましめられています。

「悪象(物理的な障害)」よりも「悪知識(観念的な障害)」に気を付けろと
おっしゃっているのではないでしょうか。
端的にいえば、他人にウソをつく人や虚飾の人 には 近寄ってはいけないということに
なるでしょうか。

ある書籍から引用します。
            
 

●どんな町にも住んでいる、ごく普通の人
●自分には欠点がないと思い込んでいる
●他者をスケープゴートにして、責任を転嫁する
●自分への批判にたいして過剰な拒否反応を示す
●立派な体面や自己像に強い関心を抱く
●他者の意見を聞く耳をもたない
●自分は選ばれた優秀な人間だと思っている
●他者に善人だと思われることを強く望む

 (M・スコット・ペック:平気でうそをつく人たち より)

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