自慢話が止まらない:創価の森ウォッチ121

自称「普通」の創価学会員、菊川さんの創価の森ブログで、新たなキャンペーンが
始まっています。

自分自身の体験を「起承転結」の形をとってカミングアウトし、いかに
現在の自分が「境涯革命」に至ったのかをブログに掲載するつもりになったそうです。
何編かに眼を通させていただきましたが、陰鬱な幼少体験に始まり、いかに貧乏で無学
な家庭であり、自分が苦労してきたかを強調されています。
この部分が起承転結の「起」の部分なのだそうです。
「承」の部分は、上京後の学生時代から、就職、そして離婚の話では
ないかと私は推測します。
そして、「転」の部分は、会社の不正を暴いたことで「閑職」に配置され、御書を
読み、創価学会第二代会長ばりの「悟達」を得たこと、そして現在の経営者の
立場となり、財産を所有し、幸せと確信に充ち満ちた感謝の人生を送っている
というおおまかな筋ではないでしょうか。

「あべひ」さんは、大川隆法ばりの菊川さんの守護霊の代弁者か?と疑われるかも
しれませんが、そう感じたのには理由があります。

すでに更新を終えているはずの、「創価の森の小さな家」にすでに発表されているからです。
「創価の森の小さな家」はこのように締めくくられています。(以後 (本館)と表記します)

このブログは、平凡な一人の学会員の53年間の軌跡です。
そして、読者の方々の温かな励ましと導きに支えられたブログです。
お時間のある方は、どうか、ご覧になってください。
きっと、新しい何かが見つかることでしょう。
(略)
思いは尽きませんけれど、これにてブログを終了いたします。
リアルブログは、もう、これからはありません。
私は語り尽くしました。ですから悔いもありません。
少しゆっくりさせていただいて、また新しい夢に向かって歩んでまいります。
(以上:創価の森の小さな家・ さようなら!から抜粋引用)
http://megalodon.jp/2013-1210-1047-40/sokanomori.exblog.jp/21026282/



おそらく菊川さんは、自分自身の過去や現在の事を赤裸々に
ネットで紹介することを「リアルブログ」とされているのでしょうが、
語り尽くしたはずの「リアル」では、まだ自己表現に足りないと感じられたのか
今度は「創価の森の小さな家(別館)」でリアルブログがはじまったのです。
(本館)での菊川さんの身内のプライバシー暴露記事に対しては以前に
なぜ身内や知人をネタにする必要が?:創価の森ウォッチ09
で取り上げ、話題にさせていただきましたが今回は(本館)で好意的に紹介されて
いた母方の「祖母」さんや、母親の監督責任を暗に追求するかのような内容まであります。

今回(別館)で始まったキャンペーン「境涯革命」の<序>の書き出しは

功徳の話を書くと、「自慢話」と言う人がおります。
そのような発言を聞くと、「あゝ、この人は、本当に惨めで、本当に苦しい地獄に
いたことがない人なんだ」と思います。

(以上引用)



「創価の森ウォッチ9」で拙は、菊川さんの自慢話はナルシズムを感じると表現しましたが、
「自慢」の意味をご存じないのでしょう。

一般的に「自慢」とは 『自分で、自分に関係の深い物事を褒めて、他人に誇ること』
(コトバンクより)であって、だれに頼まれた訳でもなく自発的に他人に誇ることです。
そして、自分の感じた感動を批判する(褒めない)ものは、まるで苦労をしたことがない
かのように卑下することを厭わない。
これでは「独善」と批判を受けても仕方ないでしょう。

仏法用語ではこういった人を「自高蔑人(じこうべつにん)」と言います。
「慢心」とも「驕(おご)り」とも言いますね。

////////////////

さて、だれしも自己愛があるものですが、それが高じて「自己陶酔(ナルシスト)」と
なってしまった方は、ほぼ共通の思考パターンがあります。


「自分に対する無条件の賞賛、全肯定」(自己経験を重んじる)
「他者をコントロールしようとする」(批判は許せない)
「自己顕示欲が高い」(自分で自分を宣伝する)
「特別な存在だと意識する」(非凡であることを強調する・凡人だと謙遜する)


これらは、発言や行動とは裏腹の「自分に対する自信のなさ」が深く影響している
と言われています。

表向きは「自信過剰」とおもえるぐらい、自画自賛していますが、それは
自分に対する無能感や、臆病を隠すために他者の前で「ハイ」になっている
状態だというのです。
またドイツの社会心理学者エーリッヒ・フロムは

「狂信者は自己陶酔的な人間で外側の世界と全く関係を持たない」
「狂信者は行動の根拠を神聖化している」


と論じましたが、ブログという
自分自身の造り上げた閉鎖空間で心酔し、その行為が素晴らしく
意義深いことだと神聖化している様子は「狂信者」のそれと同じようなものでしょう。
残念ながら「創価学会」を掲げてブログ運営をしている方の何人かが、自己陶酔型
であるように思います。

前述のような行動パターンを取れば、他者との軋轢に発展しがちです。

「即決型だが、持続性一貫性がない」
「他者を巻き込むことに配慮が無い」
「自分の価値観が普遍的であると、押しつける」
「自尊心を傷つけられたと一度感じると、執拗な報復行動をとる」

このような行動を取っている人は、現実社会ではおいそれと会うことは
ないでしょうが、程度の差こそあれ、ネットには結構たくさんいます。
フロムの主張した狂信者は「外側の世界と全く関係をもたない」と論じました。
一見すると、外側の世界に関係しているような「インターネット」、不特定多数の
コミュニケーションが出来るSNSなどでは「狂信者」は存在しないと思われるかも
しれませんが、相手と適度な距離が取れ、自分自身の世界に閉じこもれるの
もネットの利点の一つではないでしょうか。
また「孤立している人」が自己中心的で狂信者であるという意味では
ありませんのでご注意ください。

誰だって自慢の一つや二つはあるでしょう。それを評価してほしいと思う事も
あるとおもいます。

ですが「その自慢」が、他の誰かの犠牲(協力)の上で成り立っており、
賞賛や賛同以外の選択肢を選ばせない人に係わることは、非常に危険だと
認識して置いて欲しいのです。
トラブルに巻き込まれる可能性が高いです。

また、現実社会では「自慢」をされないような方でも、一度ブログをつくり、自慢を
し他者から肯定的な評価をされることが繰り返されると、ナルシズム(自己愛)に
目覚めてしまい、ナルシスト(自己陶酔)型に陥ってしまいます。
賞賛をすることで、トラブルを助長する可能性も高いのです。

気がつけば、ブログ主と一緒に、だれかを誹謗中傷しているような愚かな
「村」に自分は係わっていませんか?




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