沖縄の願い

1945年6月23日は日米の沖縄での地上戦が終結した日とされています。
70年目の佳節を迎えました。

今年「平和の礎」に新たに87人が刻銘され、24万1336人となったそうです。
二十年前の建立当初から7000人余り増えたのですが、家族全員が戦火に倒れ
たり、証言をされる生き残った近隣の方々も亡くなられたりして、年々個人の特定
が難しくなっているのだそうです。

沖縄0049_R



民主党政権時代、米軍の沖縄基地返還プロセスに「待った」がかけられた結果
日米関係がギクシャクし、近隣国の韓国、中国、ロシアが領土問題にかかる
発言や行動が増えました。

当時、仲井間知事が
「基地負担の大幅な軽減と、危険な普天間飛行場を一日も早く
 県外に移設することを日米両政府に強く訴えていく」
と平和祈念式典で菅直人首相に訴え、
今日も翁長知事が、辺野古への基地移転を批判した上で
「基地負担の軽減」を訴えました。

戦後70年が経過していますが、今も沖縄は外交変化をまっさき
に受け続けている自治体です。

平和を願う島民の感情を逆撫でし不安を煽り「党勢拡大」に
利用しようとしている輩が、社会運動の体裁をとって本土から入り込んで
来ています。本気で沖縄の事を考えて基地負担を軽減させたいのなら、自分
達もその苦しみを分かち合うのが筋でしょう。
しかし、彼等は自分の住む自治体が米軍基地負担を負うことを「是」と
していません。
原子力発電の恩恵を受けていても「核のゴミ」は受け入れ難いという感情と
同じです。
基地にしても原発にしても結果として、立地の自治体を主とした近隣の地域
に押しつけたままです。

沖縄の基地負担を固定化させているのは、沖縄県民でもなければ、周辺国
でもないとおもいます。
「自分の権利を主張しても、責任を取りたくない」戦後平和主義の名の下に育った
私たちではないでしょうか。

70年前、兵力不足を補うために臨時で半強制的に軍に召集された
「ひめゆり学徒隊」「鉄血勤皇隊」「通信隊」等、沖縄県民の人々は
沖縄戦の末期(6月18日)に突然「これからは自分の判断で行動せよ」と
放り出されたそうです。守ってくれるはずの軍から見捨てられた形となった
県民は戦火の中をあてもなく彷徨うしかありませんでした。

(参考リンク:戦後70年の地平から・琉球放送~)

安倍首相は、「辺野古がダメなら代替案を」と沖縄県知事に呼びかけたそうですが
多くの沖縄県民は「また最後は見捨てようとするのか」と怒り心頭のはずです。

安保法制案もそうですけれど、もっと、声に耳を傾け丁寧な説明を心がけるように
願いたいものです。















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