人は仏よりも優れている?「人本仏迹」の邪義 1

創価学会員さんが拝んでいる「御本尊」(曼荼羅)に対して「道具」という機能的一面
にこだわり「人本仏迹」という主張をされる沖浦さんという方がおられます。

たしかに戸田先生も池田先生も「道具」としての一面から御本尊様に関する
指導をされています。
私も杓子定規に「御本尊様を道具というとはなんたる不遜じゃ!」などと詰めるつもり
もありません。
しかしだからといって、「人が仏に勝る」とは三代会長も日蓮大聖人も説かれて いません
し、前提条件からして間違っています。



「六道に翻弄されている私どもの一念が、正しき本尊に南無し、境地冥合する
 ことにより「仏界」という無限の生命力を発動する。
 言葉で表現するのは難しい。
 「仏界」というのは、他の九界のような具体的なものではない。
 九界を無限の価値の方向へと動かしゆく本源的な生命の働きである」

【 2014年5月大白蓮華103ページ
仏界とは苦悩の現実を照らす太陽: 「生命と仏法を語る」から抜粋引用】



日蓮仏法においては、「仏」は自分とは別のどこか遠い尊い存在ではなく
だれしもの己心に具わっていると説きます。
だとすれば、創価学会員としての仏とは「人の境涯」、つまり仏界の状態を指すの
ではないでしょうか。

沖浦さんはよく、御本尊様を楽器にたとえ、人が奏でるから用を為すと言われてます。
しかし、これだけでは「なぜ楽器を奏でる必要があるのか」という前提条件が抜けています。
個人的に楽しむ為だけに楽器を奏でるならば、楽器そのものクオリティや演奏法など
考えなくても、幼児がおもちゃのピアノをひいて「楽しむ」ように、目的は達成して いると
いえるでしょう。

プロとして他の人に音楽を楽しんで貰う為には、おもちゃの楽器では演奏の幅が
出ませんし、音質や表現力にこだわって高価な楽器を扱われる場合もありますよね。
もちろん技能に長けている方なら、安物の楽器でも素晴らしい表現ができるでしょう。
しかし、音が出るというだけで納得していれば自分の表現したいものが「道具」に
しばられてしまうために能力が発揮しきれません。
そこで、一流の音楽表現にこたえられる一流の楽器が必要になってきます。

ところが、沖浦さんの「本迹」の考え方でいくと、楽器は演奏者に劣るということに
なってしまいます。
ホロヴィッツやグレン・グールドといった著名なピアノの名手はピアノを弾くからこそ
評価されるのであって、彼等からピアノをとりあげてしまえば、過去の名声が残るのみです。
だから一流のピアニストは、演奏できなくなるその日まで「最高の音」をめざし続け、
日々練習をかかし ません。
ピアノがピアニストを存在せしめ、ピアニストがピアノでの表現力を深める。
この場合人間と楽器は「依正不二」・「境地冥合」の相互関係といえるでしょう。

だとすれば、創価学会員として「御本尊」はなんの為に日夜お題目を唱えている
のでしょう。
前述したように「己心の仏界」を涌現するためですよね。
御本尊様を拝んで、一度仏界の片鱗を己に涌現したからといって、御本尊を蔑ろに
したり勤行唱題をおろそかにすれば、せっかく磨いて出てきた仏界がまたぼやけて
みえなくなります。

沖浦さんの「人本仏迹」論は、仏界を涌現する御本尊様の「機能面」だけを捉え
、仏界(最高の境涯)は道具だと結論つけているのです。

同大白蓮華五月号106ページに「本尊」についての指導がありますよね。
再度引用します。

◎「本尊」には「根本尊敬(そんぎょう)」の意義がある。
  人生、生命の根本として尊敬し、帰依していく対象が本尊である。

【「十界」の生命が認められた御本尊:アメリカSGI青年研修会・1990年アメリカ】



このあと、何を本尊とするかで人生が根本的に決まると・・指導されていますが
創価学会員さんならすでに、日蓮大聖人がしたためられた曼荼羅を本尊としている
はずです。
しかし、形ばかりたもってはいるというものの「心」では「尊敬」し「帰依」
していない人は、ぞんざいに扱うでしょうし、意識のうえで自分の願いを叶える
道具としか見れなくなるのも当然でしょう。

御本尊は自己の「生命」をあらわしたものです。
もちろん他の人の「生命」をも、あらわしたでもあるでしょう。
したがって、自分中心でその御本尊を「道具」としかみていない人は、必然的に
自分に「利益」をなさない曼荼羅は欠陥があると考えます。

また、他人に対しても口で「仏のように敬って」いると世辞を言いますが
実際には自分に対し利益をもたらさないと判断した人を「欠陥品」のように
扱うでしょう。

創価学会を退転した人は、己の信心のありかたを述べないまま、口々に
「ニセ本尊だから拝んで罰が出た」などといいます。

すべて、御本尊様に対する己の信心がそのまま鏡のようにうつってしまうのです。
そして、学会活動においては、同志に対する己の信心も同様に反映されるの
ではないでしょうか。

(続く)
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