人は仏よりも優れている?「人本仏迹」の邪義 3

人は仏よりも優れている?「人本仏迹」の邪義 2  の続きです。

※御本尊を正報として誰がたとえますか?

 無理ですよ。
 貴方はもうほとんど駄目ですね。
 依正不二だから、御本尊も私共も差がない。
 そう言う事は屁理屈です。

( 沖浦さん談 2014年5月28日 )


依正不二は「人」と「環境」が不可分である事を示しています。
学会員であるはずの沖浦さんの人本仏迹によると、御本尊よりも人が優れている。
ところが、池田先生の指導では全くちがう事が指摘されていますね。

いまいちど大白蓮華2014年五月号をよく御覧下さい。

◎「本尊」には「根本尊敬(そんぎょう)」の意義がある。
  人生、生命の根本として尊敬し、帰依していく対象が本尊である。

【「十界」の生命が認められた御本尊:アメリカSGI青年研修会・1990年アメリカ】

前回拙稿「人本仏迹は邪義ですその1」でも指摘させていただいた部分です。
沖浦さんの御本尊が「迹」という表現は「帰依していく対象」とはなりえないと読めます。

さらに同号114~115ページには、御本尊様の力用を詳しく指導されています。

/////////////////////

◎御本尊こそ、宇宙全体をありのままに映し出す明鏡中の明鏡であられる。
 この御本尊を拝する時、わが生命の本来の姿(実相)を観、仏界を涌現できる。

◎御本尊を拝し、荘厳する信心は、そのまま自分という、“宝塔”を飾り、荘厳していく。
 御本尊を拝せば、ただちに、宇宙の一切の仏菩薩が、私どもを守る。
 謗ずれば、その反対である。
                        (共に114ページ)
◎映った姿は自分のものである。それなのに鏡が悪いと怒る人がいる(笑い)
 それと同じく、人生の幸・不幸はすべて自身の生命の因果の姿が反映した結果
 である。
 だれのせいでもない。
 信心の世界においては、なおさらである。
                        (115ページ)

【 いずれも、アメリカSGI婦人部研修会でのスピーチ:1990年2月27日 】

戸田先生が質問会で、御本尊不敬をするとどうなるかを指導されていたのは
沖浦さんならご存じのはずです。

※その人の持っている不幸をば、とくに現してくるのですから、どういう形ででる
 とは言えません。
 御本尊をそまつにした人は、ひじょうに気の毒です。じつに気の毒です。
 ですから、かわいそうだと思って、よく、こんこんと改めて信心するように、
 教えておけばよいのです。

【戸田城聖先生質問会集 44ページ 御本尊不敬はいろいろの罰を受けるのか】


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創価学会歴代会長の指導には、人と仏(御本尊)について数多くの指導があります。
戸田・池田の両会長は異口同音に、御本尊様に対する自分の信心がそのまま
現れると指摘されています。

論につまると相手を中傷するしか無くなる。
その癖、相手よりも優位に立って論破したくて仕方が無い。
御本尊を拝んでも拝んでも苛立ちが押さえられない低い境涯のままではないでしょうか。

中には、しようとおもえばできる御本尊安置を、学会活動から距離を置きたいが
為にしない人が、あれやこれやとネットを使って学会員さんに教訓を試みている
ようですがそれも「自分の信心」が現れているにすぎません。

この理屈と同じで、御本尊様を拝んでいても道具としてしか見られない人は
創価学会や学会員さんにたいしても自分に益を与える「道具」として見ている
といえるでしょう。
だから師匠は 「信心利用は謗法の人以上に地獄に落ちていく場合がある」 
警告をされているのです。

沖浦さんの人本仏迹論は、公に表現したが故に私だけでなく、いろんな方が
気を使って指導を受けられるだけ良いとおもいます。
しかし、一番不幸なのは本人も周りの方も「信心利用をしている」にもかかわらず、
それに気がつかない事です。

彼等はおそらく、何時間ものお題目を御本尊様にあげているかもしれません。
でも、「ネットで私を助けてくれる人」の存在を求めてお題目を唱えているのでしょう。
それが証拠に、「助けてもらった」恩義を感じ、近隣の方よりも毎日親しげに
自分の報告を欠かしません。
また、無責任に信心を褒められることで慢心してしまい、現実逃避してしまいます。
だから、ネットをつかって日々の生活を公開し、好意で集まってきた人が「功徳」
であり「友」とみなし、現場の学会員さんよりも重んじてしまいがちです。
これでは「組織外組織」です。
ネットコミュニティの学会員さんは、あれほど毎日頻繁に現場の幹部や会員さんと
報告連絡をとっているでしょうか。
答えは「否」です。
一見するとネットコミュニティの学会員さんはお互いを激励しているように
みえますが、ほとんどが自分が主で他の学会員は従の考え方が根底にあるの
ではないかとすら感じられるほど「自分の事」ばかりを語ります。
実情は、そういったコメントを寄せてくれたブログ(サイト)の記事を募集し、
投稿されたと同時に自分個人のコンテンツにしているだけなのです。
無意識、または意図的に「自利」の為に学会員さん利用してしまう方は
「人本仏迹」を体現している方ではないでしょうか。
自分の為には広布の同志という崇高な関係も、自利にしてしまう
隠れ人本仏迹の人の存在は現場の秩序を乱す破和合僧のタネです。

広宣流布に励む同志は等しく「地涌」の存在であり、「仏」の義ももちあわせています。
個人として悪いことをして批判されるのならともかく、「正法」を曲げているのです。
繰り返しになりますが、だからこそ池田先生が 「謗・法の人以上に」 と念をおされて
いるのだとおもいます。

気がついた人が厳しく戒めなければならないでしょう。
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