コンピューターと信心の解釈:真実を語るウォッチ 33

「真実を語る」ブログの2016年2月3日の記事コメント欄に、「匿名」の
投稿者のものと前置きしたうえで

“池田先生が「コンピューターは慈悲を持って色心不二になる・・という
ご指導をされている”

との書き込みが紹介されていたが、正直この部分
だけを読むと意味がわからなかった。

幸い2月7日に「コンピューターと信心」という記事として再利用されて
もう少し詳しく書かれており、指導の引用元が記載されていたので拙も
確認をした。コンピューターは色心二法の「色」つまり物質・物体の
最先端であると前置きされた上で

「信心は、色心の『心』です。
 慈悲は題目で生命に湧現する。
 ゆえに信心ある人がコンピューターを使って、『色心不二』なのです」
(大白蓮華 2011年12月号31ページ)


と指導されていたのだ。

時代に応じて科学技術が発達し、なんらかの便利な装置が普及
するだろうが、その装置を使っただけで、人は救える訳では無い。
むしろ、より便利で効率的なものであるほどそれをつかう人間とし
てのありかたが大事だ、と池田先生は指導されているのだ。

この指導がされた頃(昭和40年代)は個人所有のパソコンなど
なく、ましてSNSサービスなどなかった時代だ。
単純に見知らぬ学会員が、ただ単にコンピューターをつかって
コミュニケーションをすれば、慈悲にかなっているという内容ではない。
そもそも、日蓮仏法における究極の「慈悲」とは、末法において
悪法をくじき弘教をすることであり、また、弘教の為にあらたな
人列を育てていくことではないだろうか。
ようするに、「無私」の利他行、折伏と育成だ。
そのために、学会員は日夜お題目をあげ学会活動をしているといえる。

ところが、真実を語るブログなどに見られる問題点は、学会員
として、その「慈悲」をどこで発揮すべきかが語られないまま
「学会員がネットをつかって個々ブログを通じ読者慰撫活動をする」
ことが「慈悲」だと結論つけらていることだろう。
それは、ちがうと断言したい。
リアル、ネットにかぎらず自分を褒める弟分をつくるために、弘教を
したり面倒をみているのならば、それは、ただの信心利用ではない
だろうか。

今回、引用した2011年大白蓮華12月号には、ちょうど、どこに学会
活動の軸足を置くべきかについての指導も掲載されている。
東北大学から愛知に就職したメンバーが、“現在愛知で戦っているが
東北の広宣流布に生きたい”という質問に答えられたものだ。
読者の中にも、郷土愛をもっておられるかたもおられるだろう質問者
の気持ちは理解できるだろう。

池田先生は

「信心がもう少し深まれば分かることなんだ。本有常住です。
その地で成長することが自分の戦っている世界に通じていくのです。
例えば、関西から東京へ同志が多数、来て、しっかり頑張っている。
そのことが、東京とともに常勝関西をつくりあげていくことになるのです。
現在いる地で戦えず、他の地で戦おうというのは現実逃避の思想です」
( 大白蓮華 2011年12月号 23ページより抜粋) 


この他にも、活動の軸足は“いま自分のいる場所”でという学会指導が
多数あるはずだ。

師匠の指導都合良く切り文し、現在ネットでの信仰イベントに価値観を
見出そうとしている墨田区の「ちよ」さんに当てはめてみれば解りやすい
だろう。
今「ちよ」さんが戦わねばならないのは「墨田区」においてである。
ネットにふらりとやってきて信仰イベントに参加し、「墨田区」が
、「○○地区」が躍進するだろうか。

所詮ネット上には、私的な組織はあっても「学会組織」はない。
現在いる地で戦えないものが、私的組織の開催する
ネット信仰イベントに参加したところで、現実逃避にしかなって
いないのだ。





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