ネットに創価学会の師匠がいるのか?

( 初出 2015/1/30  修正2016/2/23)

御本尊も組織も必要無いという内得信仰を推進する「太ちゃん」に
“ネットの師匠”の存在について質問をしてみると言葉を濁していました。

曰く

※「あべひさんは『ネットの師匠』と見ていたのですね。
 やっぱあんま読解力なかったんだなぁ」
( 2015-01-29 09:50 )



一部この発言をうけた人が「邪推」しているようですが、読解力も
なにも、「ネットの師匠」がいたことを太ちゃん自身が述べています。

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※『れいな』氏に『ロコツな癒し系』ではなんにもならないのは
 明らかで、そのタイミングで『教学の師匠』が完全勝利といえる
 見事な手並みを実演していたわけです。
 その様を見て素直に尊敬し教学などを吸収・学んでいったわけです。

 尊敬すればこそ、僕自身も文面などを徐々にマネていきました。

【太ちゃんのブログ、『仲良しクラブ』もいいではないか 】 より抜粋



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「れいな」こと日蓮正宗門徒黒川和雄さんを「ネット」で破折していた
人物が太ちゃんの「教学の師匠」だそうなので、拙は「ネットの師匠」と
呼ばせてただています。
いまとなってはどんなHNの方だったのかは存じ上げませんが、日蓮正宗
門徒への破折の手際の良さに心酔し「ネットの師匠」に位置づけたのでしょう。
しかし、ある件で「太ちゃん」自身が叱責されると、あの人は精神を病んでいるだの
「アスペ」だの「教条主義」だの「外道信仰」だのと中傷をはじめます。
なぜでしょう。 

「太ちゃん」にかぎらず、ネットで自分をさらけ出して評価を得ること
に存在意義を求めている人は、「相手につくしている」自分を受け入れて
くれない事に非常に不快感を感じ、敵対行為をする傾向があります。
逆にいえば「フレンドリーな態度」と「敵対的態度」の使い分けは自分を
受け入れて貰うための意図的な手段であることを知っているともいえるでしょう。

手段として態度を使い分けているからこそ“「仲良しクラブ」もいいではないか”
といった、自分にとって居心地の良い「創価学会の同志」像をつくりあげ、その
イメージに沿うブログ主・・つまり自分を受け入れてくれそうな学会関係者を探し
ネットを徘徊しているのです。

世の中には自分が勝手に寄せる「好意」に答えてくれない人がいて当然なの
ですが、自己中心的になればなるほど、自分がつくりあげたネット虚像である
アバターに縛られてしまいがちです。
「フレンドリーな○○ちゃん」「活動家の○○ちゃん」「○○村の○○ちゃん」
自分に対しても相手に対しても、このような好感度アップイメージが一度
作り出されてしまうと、「汚される」ことを怖れるようになります。
もともと気楽なおつきあいをしたかったはずなのに、オトモダチが増えれば
増えるほど、今度は「減らさない」ことに気を遣わなくてはなりません。
本末転倒です。

こういった対人関係での精神的不安定状態を解消するためにとる方法の一つが
「相手は自分よりもかなり劣っている」と判断基準を自分の好き嫌いに委ねる
方法です。

相手に対し勝手なイメージを押しつけ、その期待にそぐわないと自分よりも下
であるとみる。
自分の心の中では「不安の解消」になっているかもしれませんが、傍目から
みれば「極端な二面性」にしかみえないでしょう。

「ネットの師匠」といっても、所詮は勝手に好意を寄せられて勝手に失望される
か、飽きられるだけの、はかない「師弟ごっこ」の産物でしかないのです。
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