インターネットと学会活動 (前)

あるブログを中心とした、コミュニティ内での同盟唱題(複数の学会員が
唱題をすること)や、投稿者に対する激励運動、便宜供与といった
本来の学会活動をマネた「疑似学会活動」に対して批判的な意見を
書き込むと、たいてい「読者の学会員さんが喜んでいるのだから」と
か、「活動できない人もいるのに」などと反論をされる方が多い。

何故、拙が「マネ」だと批判的に書くのかというと、ほとんどのネット
公開コミュニティは、「個人」が勝手に始めた自然発生的共同体で
しかないからだ。

通常、創価学会で行われている組織活動というと、居住している
地域や、また「人材グループ」など、学会内で公式に認められ、
同組織内の会員による責任者の下、個人の活動が行われている。
そういった、現場での組織内での連絡手段として、SNSなどの
サービスを利用しているのと、現場で非公認のコミュニティ内
で連絡を取り合い、その共同体への参加者を増やす目的で
SNSをつかっているのとは似て非なるものである。

自分が気に入ったリーダーを選び、その人と下で学会活動
をするなどということは、実際の学会活動ではありえないからだ。
そもそも、学会活動の大目的は広布拡大つまり「日蓮仏法の拡大」の
為に行われているといえる。
しかしネットでの疑似学会活動は参加者が所属する学会組織の
拡大のためになっておらず、共同体内の情報交換のみで完結している。
また、疑似学会活動をネットで公開実施するというのは共同体の
拡大の為にただ「宣伝」をしているだけだ。

今でこそ、「創価学会」や「聖教新聞」の広告はラジオやテレビ、電車内
の広告などでもみられるようになった。
しかし、小説・人間革命には、創価学会とマスメディアによる宣伝について
以下のように表現されている。

◎或る人は利口気にいう。布教に、ラジオを使うべきだ、テレビを
 使用すべきだ――と。
 何と浅墓な言であろうか。俗にいう、PRなど、学会には、絶対に必要
 ないのだ。
 これこそ、多くの新興宗教の取るべき、悪質な企業宗教の手段に
 ほかならない。
 正法は、断じて法を下げるような方法は取らない。
 取る必要がないのである。

【 小説「人間革命」第二巻 光と影(聖教新聞社、昭和41年)
                            116~117ページより引用 】 


学会員のバイブルなどと称される人間革命の内容は時代に合わせて
何度か内容が校正されている。上記はハードカバー単行本からの引用だ。
あるブロガーさんが、上記の内容と改訂版の人間革命、文庫版での内容
が違いを比較され、「今や学会は宣伝をしている」との持論を展開されている
が、そもそも、この話題は創価学会の布教活動における最重要の活動
のひとつと位置づけられている「座談会」についての、著者(池田大作)の
主張だ。
この引用をされているブログ等には、同箇所につづいて

◎この座談会こそ、牧口会長以来の、学会の尊い伝統なのである。

と段落を締めくくられているのだが、批評系サイトなどでは
引用すれども、この箇所が「座談会」関連についてのことだと言及して
いる、ブログは少ない。

実際に活動されている学会員さんならば、
「個々の会員の努力で開催されるべき、地域の座談会の参加者を
 増やすために、安易に一般マスメディアを 使ってPRをするのは
 法をさげてしまう」   という意味だと捉えることができるだろう。

さて、上記の部を一部の方は戸田城聖が発した言葉のように解して
いるようだ。
第二巻では、戦後まもなく戸田城聖を中心として創価学会を復興
させてゆくために、組織、および活動の原型を模索していくという
あらすじである。
テレビの本放送が昭和28年であることを考慮にいれ、引用した
部分は付記的表現あることから推察すると、当時の戸田城聖が
発しているととらえるのは難があるだろう。、
    
話を戻そう。
ネットにおける共同体を通じての疑似活動は、前述した学会伝統の座談会
とはなり得ない。
人気の高いロールプレイングゲームと同じで、コミュニティ内でリアル
とは違うロール(役割)を演じ、行動(時間)を共有にすることで刹那的
な充足感や個々の承認欲求を満たしているに過ぎない。

また、ネットの個人のブログで書き込まれている体験談やブログ発
の信仰イベントは、リアルの活動での真似事であるからこそ、共感
を得ることができるといっても過言ではない。

いくらネット上で学会活動や座談会の真似事を演じたところで
学会員として実際に活動を経験したことのない外部の方からみれば、
学会員同士のブログコミュニティは、愛好家同士が語り合っている
話題のように「なぜ盛り上がっているのか」を理解しがたい内容なのだ。
したがって集まってくるのは必然的に経験者ばかりになる。

ネットで時間に余裕のある婦人部や壮年部が、ただたんに、ダラダラ
交流をしているだけのコミュニティを「善の連帯」とか通常の学会活動と
同じだと、もち上げる方がよくいる。
単純に 学会員の集まり=善の連帯 ということなのだろうがはたして、そうだろうか?

大白蓮華二月号の巻頭言には 
“自分だけの利益を願う「信者」であってはならない”
との牧口初代会長の戒めが紹介されていた。

自分がハッピーでよければ、他の人のことは顧みない人は、
ただの「信者」だと言えなくないだろうか。


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