障がいのある方への接し方

ある記事にこんな事が書かれていました。

※基礎知識は必要なのだ。だけれども、それが即、本人
 支援につながるというほど簡単なものではない、という
 自覚も不可欠なのだ。
 (略)
 必要だからやれと言われても、やったらそれは自分に
 とって偽善行為になるのである。

【メンタル不調の「9月病」にはどう接すればいいのか】
http://news.ameba.jp/20160921-207/


ブログやコメント欄に「うつです」等と病名をカミングアウト
されたり、障が者であることを公表されている方がけっこう
おられます。

その方々は素人の読者さんやブログ主さんに特に治療の
「助け」をもとめているわけではないのに、助けてあ・げ・よ・うと
必死になって接触を試みているブロガーさんがいる場合があります。

障がい者に対しても同じです。

いろんなケースがあるとおもいますが、そういった方
特に見知らぬ方とコミュニケーションをとるばあい
「病人視」したり「障がい者」として、扱って欲しいとおもって
ブログをやっている方はすくないと思った方がいいです。
ふとだれかとコミュニケーションをとってみたいという
欲求はSNSをされているかたならだれでもあるでしょう。

ところが社会的弱者とみるや、ここぞとばかりに「助けてあげなければ」
などといった安っぽい使命感で医師やカウンセラーといったプロの
真似事をしたり、便宜を図ってあげようと親切の押し売りをされる
方がネットにはいます。

リアルでは社会的弱者とふれあったこともなく関わろうともしない
人がネット上で慈善行為を企画する。
それってただの 偽善 じゃありませんか。

最近「君の名は」というアニメ映画が若者たちの間で人気なのだ
そうです。 また同じく「聲の形」というアニメが公開されています。

双方若者の恋愛物語というジャンルになろうかとおもいます。
拙は両方とも拝見しましたが、心に残ったのは「聲の形」のほうでした。
「聲の形」には、聴覚障がい者のヒロインがいじめにあったり、いじめっ子
であった主人公もいじめの対象になり孤立するといったかなり、メンタル的
に重たい内容が扱われています。
その映画の中でヒロインに謝ろうと会いにきた主人公に
「自分を満足させるためだけに来てるなら帰って下さい」
妹が告げるシーンがありました。
彼女もまたいじめられてきた姉を護るべく必死に生きてきたのです。

実際に病気をされている方や障がい者のおられる家族また
本人にとって、少しばかり助けてもらったところで、その生活が
劇的に改善され、楽になるわけではありません。
むしろ都合の良い時だけ、相手の弱みにつけいる形で自己
満足しようとしているのは、関わろうとしている自分では無いのか。
全体的にそういった問いを投げかけられているような内容でした。

慈善 と 偽善 の境目はどこにあるでしょう。

10/21 追加で拙ブログ記事
「偽善者のはらわた」をリンクさせておきます。


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