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対話精神 と 拒絶の害

拙が墨田総区の婦人部「ちよ」さんとの対話の機会をもたせていただいた
monlingenさんのブログでは、現在、管理人さん御自身と、葛西さんという
学会員さんとの間での対話が試みられている。

「葛西氏との対話部屋」(記事リンク)
「対話の外野部屋Ⅱ」(記事リンク)

ブログ村の創価カテの人気記事ランキングで見る限り「葛西氏との対話部屋」
よりも、「葛西氏との~」を読んだ読者が意見を述べ合う「外野部屋」のほうが
注目されていたようだが、これは進捗の遅い葛西氏スレッドよりも、投稿が活発な
外野部屋での動向が気になる読者さんが多かったということだろう。
「主」となるスレッドよりも副次的なスレッドが注目をされる同様の現象は、拙と
「ちよ」さんとの対話部屋でも現れており、この時は都合7つの「外野部屋」が立ち上げ
られた。
今回「葛西氏との~」の「外野部屋」はmonlingen管理人さんのブログメンテナンス
の手間を省き、葛西さんとの対話に集中できるようこれ以上の「外野部屋」は作成
されないとのことである。

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さて、今回の話題の主となっている「葛西氏との対話部屋」がなぜ立ち上げられたの
かというと、アンチ学会ブログである「ダメ出しブログ」でのmonlingen管理人さんの
対応について、葛西さんが疑問を投げかけられたことによる。
monlingen管理人さんはブログ記事へ批判的なコメントを寄こされた方に対し「別室」を
造ったうえで、管理人さん自身が一対一の対話を試みるというスタンスを取られており、
いくつかの専用「対話部屋」がある。

管理人さんにとってアウェーである学会アンチさんのブログでの対話を試みた
ものの、1対多数の乱戦になり議論が進まないことを経験されたうえでの抑止策として
一対一での対話部屋を企画されたのだろう。
その点で、monlingenブログの参加者にすぎなかった拙と「ちよ」さんとの対話部屋は
かなり異質な存在だったわけだが、管理人さんは毎日ブログで勤行唱題をアピールされ、
ネット友好拡大を話題にする学会員「ちよ」さんが、批判的な拙に対し模範的な「信心の話」
を展開されるであろうことを期待し、また参考にしようと思われたのかもしれない。

ところが当初、積極的というよりも「挑発的」であったほどの墨田総区の婦人部「ちよ」さんが
対話のテーマに触れる話題を避け、読者や管理人さんに同情を誘うようなコメントを寄越し
たり、彼女と関係の深い投稿者らが「対話の中断」を暗に示唆するようになると同時に、
「ちよ」さんらの投稿に対する批判のコメントも寄せられるようになってmonlingen管理人
さんの思惑とは全くちがう方向になってしまったようだ。

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管理人さんにとって唱題(信心)をしている事を公然アピールできる人は、信心の対話が
できる人であり「言葉に空回りがない」(monlingenさん談)という氏独自の先入観がある。
言葉に空回りのないはずであった「ちよ」さんらを護るために講じた策が
「あべひは“俯瞰中読者”であり、対話が成立しないのは彼のせい」というミスリード
(印象操作)だった。
“○○中毒者”などといった意味(定義)はよく判らないが批判的なニュアンスだけが伝わる
「コトバ」を連呼し型にはめることで相手を牽制することは容易にできる。
学会アンチさんが、意に沿わない学会員さんを指して「創価脳」と呼ぶのと同じ手法だ。
だが“ミスリード”をつかう弊害は大きいといわざるを得ない。

理由をつけ相手の存在そのものを矮小化するなどして優越感に浸ることを一度認めて
しまうと、理性が抑制されやすく論理建てた物事を判断できない「思考停止」状態となり、
どんなに酷いことでもやってのけることができるようになる。
心理学で有名な「ミルグラム実験」俗に言う「アイヒマン実験」が証明したのは、たとえ
「仮に」であっても役割や条件という理由をあたえることで人は容易に人間らしさを
失ってしまうという人間の持つ、どす黒い本質であった。
また集団が閉鎖的であればあるほど、個人としての罪悪感は軽減されやすい。
「他の人も同じことをしている」という状態が正・誤の判断を鈍らせるからだ。
こういった人間が誰しも持ち得る「暗い側面」を抑制するには、粘り強く対等な立場で
話し合う「対話」の姿勢を保つしかないように思う。 いわゆる「対話精神」だ。
そもそも「対話」とは意見が違うもの同士の、意見集約作業のチャレンジにほかならない
からだ。

当初monlingen管理人さんは、対話の相手である葛西さんを「学会アンチ」だと決め
つけていた節が見受けられた。 都合よく他の学会員を使い意に沿わない人物を敵と
みなすことを厭わない沖縄の学会員さんの助言もあって、ますます葛西さんをアンチ系
の人間だと疑われていたようだが、2月15日に意識転換をされ葛西さんの質問に真摯に
答えようとされるようになったのは、monlingenさんが「対話」を通じ、彼のブログの
サブタイトルである「本当の創価学会を知って下さい」という開設当初の目的を思い
出されたからだと拙は思いたい。

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価値観が同じ人と接するのは楽だし、話も合わせやすい。
特に集団での協調性を重んじる日本人は同じ価値観が共有できる同好の集団
でいることを好む。自分と価値観があわない人とあえてコミュニケーションを
とってみるという選択は非常に精神的な負荷がかかることを知っているからだ。
インターネットをつかったコミュニケーションは基本「外」に向けられており
価値観が違うもの同士が出会う絶好のチャンスが転がっているはずだ。
異文化交流がネットの醍醐味の1つといっても過言ではない。
拙もネットをつかっていなければ、生の法華講員さんや見知らぬ未活動の方
、意見のあわない学会員さんらと「対話」をすることなどできなかった。
おそらくmonlingen管理人さんもそうだろう。

普通ならリアルで法華講員さんと対話するといっても未活動の方と対話をするといっても
出会える人数は限られてくるし見知らぬ相手に「法華講員さんですか?」などとは
聞けない。     未活の方だと会うことも困難な場合が多い。
ところがネットではわざわざ「学会アンチ宣言」「非活学会員」「法華講員」「脱会者」
と看板を掲げ、現役の学会員さんにあえてアピールするどころか、わざわざ乗り込んで
きたり、呼びつけるなどして学会員さんとコミュニケーションをとろうとしている方が
少なくない。たとえそれが表面的には批判的な態度であったとしても“学会員と
コミュニケーションしたい”という欲求の現れだと思う。

リアルの活動を真似てみたり、池田先生の指導や御書の一節を毎日ネット配信
するだけのお気楽活動しか思いつかないオリジナリティのない者がいるので
拙が昨年7月に「だれが創価カテをダメにしたか」という記事を発表したが、最近は
オリジナリティに富んだ内容を企画されている学会員さんに対し「INポイント」が
より多くつけられて評価されているように分析している。
かつて創価カテで人気ブログ上位を専有していた「創価の森」や「真実を語る」の
愛読者らが相互協力しても成し得なかったポイントがつくようになった。
上位ブログで共通するのは自分の言葉(表現) にこだわり、自分を飾ることをせず
会員以外の読者をも意識された平易な構成にあるように思う。
また、批判的な意見に対して短絡的な対応を取られない事も特筆される。
これもブログ主さんの「対話精神」の成せる技ではないだろうか。

信心の年数が長くても、頑なに拒絶の態度で応じるだけの人と
たとえ信心の年数は少なくても、対話の精神を体現されている人。
どちらが、@本当の信仰者@ と読者の目にうつるべきだろう。
法をさげないためにも一考願いたい。











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