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策の人・要領の人・利害の人

本日付けの聖教新聞に掲載されていた小説、新人間革命に
非常に示唆に富んだ指導が掲載されていたので思索してみたい。
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昭和50年代前半、日蓮正宗内の一部の急進的僧侶らによる、創価学会
バッシングに端を発する創・宗の軋轢によって、当時の池田会長が辞任(勇退)された。
数年間、池田先生は表舞台に立つことを許されず、当時の会長や大幹部の信心指導など
も宗門に対する配慮が色濃くされており、一見すると創価学会が一方的に悪かったかの
ように感じた会員もいたのだろう。 創価学会を退転する者がいた。
寺で行われていた行事だけに留まらず、法事のような場においても、宗門内組織であった
正信会に所属していた僧らは「創価学会は謗法だ」の一点張りで会員らに圧力をかけつづけ
ていたことが小説、新人間革命にも描かれているが、不当な圧力に対し歯を食いしばって
創価学会を守り抜いた多くの諸先輩がたと、退転していったもの達との違いはいったい
なんだったのだろう。
同じ御本尊を拝み、大石寺への登山にも参加し、同じ学会活動をしてきた同志である。

創価学会会長として各地の現場に入って指揮をとり、指導をされ、多くの
学会員らに会われてきた池田先生は、幹部でありばがら信心がむしばまれて
しまう根本原因は「強い慢心」にあると書かれている。
また慢心と怠惰・臆病は表裏一体だとも言及されている。
さらに具体的に信心の慢心が現れてしまったた3つのタイプとして
「策の人」「要領の人」「利害の人」をあげられていることに注目をしていただきたい。
これは信心にかぎらず、社会生活のうえでの組織論にも通じているように拙は感じる。

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「策の人は長続きしない」
いわゆる形式主義のことであろう。
たとえば、なんらかの困難にぶち当たった時、信心に目覚める学会員さん
が少なくないとおもわれるが、ここで他人からアドバイスを受けるなどして
”100万遍の唱題”にチャレンジするような人。 または、させようとするタイプだ。

唱題にチャレンジしようとすることやそういった指導自体は間違いではないの
だが、人に言われてただ回数や時間にチャレンジするのは決して自発的とは
いえない。
結果として唱題が100万遍を越えていたとか10時間に至ったというものと、
100万遍をあげるための唱題、10時間唱題のための唱題では信仰の
深さが違う。 長続きしないのも当然だし、結果もでてこない。
もし信心指導をするのなら基本的なこと以外、具体的な方策を軽々に教授しない
ことがのぞましい。
「策」の人に「策」を与えても長続きしないどころか、うまくいかないと逆恨み
される恐れがある。
自分で考え抜かせた上で、共に基本をはずしていないかどうかを見極めていく
のが望ましいだろう。 当然時間が掛かる。
たまに最近のサービス業界よろしく人材速成のために折伏や指導のマニュアル化
を望んでいる人物をみかけるが、その発想こそが「策に生きている」と言わざるを得ない。


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「要領の人はかならず行き詰まっていく」

よくいわれる要領主義の人である。
仕事などにおいては、要領が悪い人が行き詰まって
要領のよい人が無理なく仕事ができている人などとおもわれるかたも
多いだろうが、信心における「要領の人」とは、見栄の信心のことであろう。
具体的にいえば、実情にそぐわない目標をたてて他の会員さんを困らせる
一方、上の幹部ウケしそうな報告を待つようなタイプだ。
しかもこのタイプは動かない。 いや率先して動こうとはしない。
もっぱら、人にやらせて成果だけをとろうと目論んでいるのだ。
要領の人は他人の評価を気にする一方、なるべく楽な方法で他人のアイデア
をパクることも躊躇しない。
要領のよさを存分にいかして池田先生の指導をそのまま新聞などから朗読する
などしている。
オリジナリティーのなさ、無責任な態度がバレないよう方向に余計に労力を使う
ので長続きはしない。  基本が他力本願だからだ。

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「利害の人は縁に紛動されてしまう」

人は他者と縁(関係)することによって、自己を再認識することができるものだが
利害関係を絡めてくるタイプは総じてタチがわるい。
個人的感情に基づいた損・得で物事を判断するので、正・邪は二の次になってしまう。
また利害(損得)といっても金銭的なものとは限らない。
精神的な慰めや、便宜を図ってもらうなどといった「個人的な利」を与えたり
求めたりするタイプがこれにあたるだろう。
自分に対しての「損得」と相手の「損得」が合致している場合は仲良しでいられる
が、少しでも自分が「損」をさせられたと感じると手のひらを返したかのように
攻撃的になる。 そうなれば以前のようなフランクな関係には戻れずいつの
まにか「上下関係」ができている。 アメとムチを使い分けるわけだ。
結果的に自分の周りには「利害が一致する人間」だけしかのこれない。
利害に生きている人などというと、自分勝手で特徴的なクセがあるので、ひと目で
解るといわれる方もいるかもしれないが、実際には体裁を取り繕うことに長けている
ため、分かりづらいだろう。 自分の利に関する事については超マメだからである。
大義を掲げているわりに実際にやっていることが、みみっちいのが特徴的だとも
いえるように思う。

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また、魅惑的なことに「策の人」はSNSではよくみかけるタイプだ。
言うことを聞かないものにはすこし恫喝すれば引くだろうとか、徒党を組んで
悪口を拡散すれば来れなくなるだろうといった、子どもじみた「策」をとっている
自称活動家がいる。
同じく「要領の人」もまたSNSには数多くいる。
毎日毎日聖教新聞や大白蓮華からの無断転載記事をアップしつづけたり
ウケ狙いの信仰活動報告をする人、座談会の内容や御書講義、体験談を
ネットで探してきて自分ゴトのように発表する自称活動家がいる。
狡猾なのになると、相談ごとを受け付けてSNSの記事に変換するとともに
次の相談者を誘引するというエセ善人がいるので要注意だ。
「利害の人」も、これまたSNSには多い。
個人的になにかあたらしい学会活動を模索しているようなアピールを
くりかえしているだけならまだしも、理由をつけて(たいていは親切を装って)
連絡先を要求してたり、リアルで会う、突然押しかけてくるタイプはおおむねこれだ。
聞いてもいないのに、連絡先をよこしてくることもあるだろう。
徒党(組織内組織)を組みたがっているのだ。
「座談会」とか「唱題会」とか「体験発表会」などと、学会員さんにとって耳あたりの
よいタイトルを上げているのも集客目的だろう。 底が浅い。
縁に紛動されやすい方は「愛想の悪い(笑)善知識」よりも「優しげな悪知識」に
注意して、見知らぬ相手にプライバシーを握られないよう用心していただきたい。
利害の人にとって他人のプライバシーは道具に過ぎないからだ。





















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