世界平和への道を大河・大海に:創価の森ウォッチ55

( 初出 2012/10/2 )

創価学会では10月2日は「世界平和の日」と定められています。
昭和35年に池田先生が日本から世界広布へ旅立たれた日でもあり
その二年前に戸田第二代会長が亡くなられた日でもあります。

「地球上から悲惨の二字をなくしたい」という戸田先生の悲願を受け継いで
弟子の池田先生が訪れた国や地域は54におよび、各国・地域で識者と語らい
同志を励ます旅を続けられました。


「この地球上から悲惨の二字をなくしたい」それは先生の願いであり、ご決意
であられた。師弟は不二である。不二なればこそ、私もまた、恩師の心を抱き
締めて、世界を駆け巡り、「平和と幸福の大河」を切り開いてきた。
「源流」の偉大さを物語るものは、壮大な川の流れにほかならない。
私が、『人間革命』の続編として、『新・人間革命』の執筆を思い立ったのは、先生亡き
後の広宣流布の世界の広がりこそが、恩師の本当の偉大さの証明になると
考えたからである。

(小説、新人間革命 “はじめに” から引用 1998・聖教新聞社刊)


戸田先生の人間革命・そして池田先生の人間革命へ。
続編の、新・人間革命の冒頭は1960年(昭和35年)10月2日空港から世界に
旅立たれる所から始まります。

それから52年の歳月が過ぎ、創価学会(SGI)としては世界192カ国地域にまで
広がるに至っています。

しかし、残念な事に肝心の日本で自称創価学会員が近隣諸国とのトラブル報道に
ほだされて「いざ戦争になったら私も戦う」という物騒な物言いや
「自民党が軍備増強を決定した」などというデマに便乗した記事が散見されます。

たとえば、海外報道の中国軍艦等の画像などを引用して、

※「私はこれから、日中友好を命がけでやります」
 当時の池田会長の言動を、私たちは自らのものにする時期に来ている。

(菊川広幸氏のブログより)
[#IMAGE|a0212032_14165038.jpg|201210/02/32/|mid|300|344#]
http://megalodon.jp/2012-0930-1327-09/sokanomori.exblog.jp/18508764/

などというつじつまのあわない記事を公開していたりします。

(画像は上記記事からのキャプチャー)

今回の尖閣の問題で中国国内でデモが起こった事と、中国がロシアの中古軍艦を買って
整備している画像となんの関係があるというのでしょう。
二年の北朝鮮の砲撃事件の時や防衛戦争容認論を講評したときもおなじような事を
して「日本の防衛」を主張していました。

ほかにも菊川広幸氏は、「創価の鯖板」でHNを変えた上で投稿し


不思議ですけれど、池田先生が会長就任50周年を機に後継に運営を譲ら
れてから、震災や領土問題などが噴出しました。
大聖人が身延に入られてからの元寇のようです。
大聖人の時代の出来事が、まるで現代の出来事になってる。

(きひろ日記(創価の森三番館)より引用)  
http://megalodon.jp/2012-0929-1819-43/jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/8831/1347665756/13

という不謹慎な記事も公開していたりします。

失礼を承知の上で指摘させていただきますが、
世の災害や国家間トラブルに目を付け不安を煽って、自分たちの正当性の論拠とする
のは創価学会を批判している日蓮正宗や顕正会がやっている方法と同じではないでしょうか。

またこのような、相手の欠点のみを強調した正当性の主張こそが憎しみの連鎖を産み
果ては戦争の肯定理由にもなっている事を創価学会員として理解しておかなければ
対話での他国との友好なぞできるはずもありません。
そしていくら友好だ対話だときれい事を述べたところで、本心では相手を見下している
ような言動をすれば信頼されないまま、うわべだけのつきあいになってしまうでしょう。

こんな失敗をしないためには、常日ごろ、意見の違う人と行う「対話」という訓練を
積む事、そして目先の感情で「大目的」を見失わない事が必須になるとおもいます。

創価学会では日蓮大聖人の御書を通じて「水の信心」が大事だと指導されます。
しかしこの「水の信心」とは、ちいさなのせせらぎのままで良いとか、流れてさえいれば
よいといったダラダラとした信心を指したものでは決してありません。

※法華経に一念三千の法門有るは うしをの大海にあるが如く生きたる人の如し、
 法華経を浅く信ずるはあわのうしをの如し、深く信ずるは、海水の如し、あわは
 きえやすし、海水は消えざるなり、如説修行最も以て大切なり  (御書聴聞)


法華経を保った人に一念三千という法門がそなわるというのは、大海の中で潮
(うしお・潮流)があるように生きている人のようなものです。
浅く信じている人は波の泡のように、深く信じれば海水のようなものです。
同じ海水でも泡はすぐきえてしまいますが、海水は消えないのです。
(あべひ現代語訳)


しずくの一滴から小川へ、それが集まり大河へ。そして最後は大海に。
大海にはいったとしても、打ち付けられたり波風で出来てはすぐ消えててしまうような
「あぶく」になってはいけない。
大海にあってもなお「大きな流れ」を失わない。

これは、小さな自分が大きな社会や組織に入ったというだけで目的が達成されたわけ
でなく、その中でさらに流れを大きくしていこうとする向上心・向学心が大事だという事
ではないでしょうか。
みんなが仲良くするという目的は大事ですが、それは媚びへつらったり武力権力を
ちらつかせたり、面従腹背の状態でも見かけ上「おだやか」にしなければいけない
という事ではありません。

世界平和といっても現実社会で自分に関わる一対一の対等な対話からしか始まら
ないのです。
その究極の目的は「理解しあうこと」につきるでしょう。

ネットでは雄弁に発言できたり、日常の報告記事が書けても、いざリアルでは対話が
できていない人がたくさんいるようです。

海や山にむかって大声で叫べばで気分がすっきりするでしょう。

ネットのブログはそれとおなじようなものです。
自分がすっきりすればそれだけでいいのでしょうか?

ネットにしても現実においても創価学会員として世界平和を論ずるのなら、信頼・信用
される行動をし的確な判断をしなければいけないと思います。
その為に学会活動を通して日々悪戦苦闘をして学んでいるのではないでしょうか。

言うなかれ、今日学ばずして来日ありと。
言うなかれ、今年学ばずして来年ありと。   (朱子)

ハラを割って語り合える創価学会員をめざしていきましょう。
そして小さな運動も大河、大海へ。そして潮流へ。

世界平和の日を記念して      あべひ拝





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