誤ったメッセージを発信する恐ろしさ:創価の森ウォッチ69

( 初出 2013/5/17 )

組織利用を具体的に考えてみよう の続きです。

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視点を変えてみましょう。

池田先生は「学会は信心のこと以外は一切、自由です」と指導されました.、
しかしこれは、創価学会は信心のことを指導している団体であるという事を
違う表現でいわれたのです。

したがって「創価学会の活動」として公的に認められていない事は「私事」にあたります
ので基本的には創価学会は関知していませんし、関与できません。
たとえば
創価学会員さんがが、どんな仕事をしていようが、どんなところに旅行に行こうが、だれに
会おうが、ブログを開設しようが、居酒屋にいこうが、「私事」なのでその行為を制限
することはできません。
また、そのような「私事」で幹部に相談をしたところで「信心の上」からのアドバイスはして
くれますが具体的にどの仕事が良いとか、その内容はダメだなどと断定的な指示は
してくれません。
仮に具体的に指示があったとしても「個人の意見」にすぎないので創価学会に
責任を問うことはできません。
ただし、「私事」であっても自分以外の創価学会員や他の組織に対して関わってくる場合
は話しが別です。警告や処分の対象になってしまいます。

それはなぜか?

「信心のこと以外は一切、自由」の指導のあとにはこのように続きます。

「信心を利用して会員から物をもらうということは絶対に誤りです。
 誰が見ても、また新しく入信した人が見ても、なるほど学会は潔癖だと納得する
 ようでなくてはならない」 
(1967年(昭和42年) 6.30 両国・日本大学講堂)


これは幹部に対しての指導じゃないかと反論されるかたもいるかもしれませんが
学会員になったからには皆が創価学会のリーダーです。
役職のあるなしではありません。
また「受ける」だけではなく、信心を利用して会員間で私的に「贈る」ことも
誤りです。その場合は丁寧に断るべきです。

公職選挙法の「買収及び利害誘導」の考え方とおなじようにおくった側も
もらった側も同罪として扱われるのと同じです。

戸田先生や池田先生、また学会組織として会員に物品などを贈呈して
いるじゃないか!
と反論されるかたもいるかもしれませんが、それは組織として行っている
「公的な賞与」であり、個々の会員同士レベルでマネをしてもよいという
理由にはなりません。
もちろん他地域の学会員だという理由で物品の享受供与が許されている
わけでもありません。
会員間でのやりとりは、物品の負担でなく「心の財」だけにしておきましょう。

また、他地域であっても、それぞれが創価学会の会員である事をおろそかに
しないようにしましょう。

-*-
特にインターネットを通じて初めて知り合う学会員同士が、パーティを
企画したり、遊興をともにしたり、座談会等の会合に飛び入り参加を
するなどといいった私事と学会活動の混同。
またその行為をネットで公開する事は、組織利用・信心利用を宣揚
しているのと同じです。

事故(トラブル)の原因になるような軽率な行為は厳に慎まなくては
なりません。

相手の学会員さんは地区幹部だから・・などといった無責任な発想で
信濃町の学会本部を利用し、学会員同士で懇談する事が「全国交流」だと
いう誤ったメッセージを確信的に発信しないでほしいです。

和合僧を破る「ルール」がひとたび蔓延すれば、罰を被るのは
発信者と与同者です。   信心をして得た福運が消えます。

「悪法の者にたぼらかされましまして悪道に堕ち給はむ」(頼基陳状)
(悪法に染まっている者に他の人もついつい流されているようでは、
   ますますお互いが悪道に墜ちてしまいます:現代語訳・あべひ)

この大原則を忘れてはいけません。

16日付けの聖教新聞の新・人間革命を引用して
「功徳を受ける信心」の指導を「功徳があった信心」に置き換えて
考えている人がいます。
最後に、もう一度池田先生の指導を引用しておきます。

※学会の強さは、一点の濁りもない、その清浄さにあります。
 この清浄の流れは、永久に保ち続けていかなくてはなりません。
 もし、この清浄な流れに濁流を入れるものはあったならば、
 それは獅子身中の虫というべきです。
 学会利用や金銭貸借等を厳しく戒めてきた戸田前会長以来の
 精神は、永遠に堅持していかなければなりません。
 
 世間は、腐敗と混濁に満ちた世界です。
 これを浄化していくのが、我が創価学会であります。
 この自覚と誇りは、たとえ自分がいかなる境遇にあっても、胸中に
 抱きしめていっていただきたい。
 法華経とは妙法であり、ひいては妙法受持の和合団体をさします。
 それを身をもって守りきったとき、無上宝珠は求めずして自ら
 得られるのであります。

(「新社会」創刊によせて:前進する壮年部たれ~抜粋 昭和43年10月12日)


私は、この無上宝珠こそが功徳の正体だとおもいます。
“身をもって守りきったとき”の意味を考えて、お互いが注意しあって
真面目に学会活動に励んでまいりましょう。
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