時代錯誤な破折をする人 : 創価の森ウォッチ148

創価学会員さんは、よく現在の日蓮正宗を「日顕宗」と呼称する。
学会側の機関紙などでも見られる呼称だ。
外の方から見れば、学会員の“坊主憎けりゃ袈裟まで憎い”といったような
憎悪感情からくる蔑称であると感じられるかもしれない。
だが実際には、そうとはいえない事情がある。
かつての創価学会は日蓮正宗の門徒団体であったことは、古参の学会員さんなら
だれでも認識しているし、学会アンチさんでも知っている事実なので簡単に説明を
させていただこう。

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日蓮正宗と門徒団体であり独立した宗教法人でもあった創価学会が互いに協力
しあって末法の御本仏と位置づける日蓮大聖人の御遺命に従い弘教(布教)を
し成果をあげてきた。 「創宗蜜月の時代」などと言われる昭和時代の頃だ。
現在(2018年1月)池田先生が執筆されている小説・新人間革命において描かれている
のは第一次宗門事件(昭和52年~54年頃)が収束し、会長を退かれた池田先生が
全国の同志の元へと指導を再開された昭和56年(1981年)頃の話だ。
(参考リンク:第一次宗門事件の年表)
年表 1
https://ameblo.jp/kingdog136/entry-11748933405.html
年表 2
https://ameblo.jp/kingdog136/entry-11748936328.html
年表をご覧になればわかるように、昭和54年の5月には日蓮正宗宗門との
創価学会側の和睦が成立し、仕切り直しをしたうえで再度宗門と創価学会
は弘教をの遺命に邁進することとなった。
一部の評論家は第一次宗門事件も「創宗戦争」などと論じているようだが、
そもそも会員が帰伏していた宗門側に創価学会から仕掛けた争いなどでは
ないことや、当時学会として全面的に宗門に反発していたわけでもないので、
宗門側の一方的な言い分に池田会長が責任を取る形で辞任するという形で
事態は収束した事を鑑みれば、第一次宗門事件は互いが総力をもって争い
あう「戦争」などでは決してないことは明らかだ。
事実、第一次宗門事件の際に日蓮正宗法主であった日達を指して『日達宗』と
批判する学会員は1人もいない。
仮に、門徒団体側の「長」である総講頭の罷免という宗門側の処分が「宗門事件」
という呼称の根拠であるなら、第二代創価学会会長であった戸田先生の大講頭
罷免も「宗門事件」としてカウントされなければならないだろう。

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日蓮正宗宗門側が一方的に創価学会員を破門した第二次宗門事件の真相は
ともかく、第一次宗門事件は日蓮正宗内における一部の僧等が、まず日蓮正宗
宗内での論争を引き起こした上でマスコミなどにもリークし「宗門が動かざるをえない」
状況を作り出したことに特殊要因があるといえる。
ウラで糸をひいていたのは当時、創価学会の顧問弁護士の肩書をもって宗門と
創価学会との間をとりもっていた山崎正友(小説内では山脇友政)という人物で
あり山崎が一部の僧らを煽って「騒動」を起こすことで創価学会から金を奪おうとした
「恐喝事件」が根本にあったことも新・人間革命(雄飛の章)で語られていた。
池田会長の辞任という創価学会にとって不本意な結果となり、心を痛められた会員
さんも数多くおられたと思うが、一応、日蓮正宗との悶着は沈静化し日達法主、北条
会長と創宗双方の最高責任者の逝去が重なったこともあって急速に関係が回復して
いった。 この時に法主となったのが阿部日顕である。
短かったとはいえ、阿部日顕を法主とする日蓮正宗と創価学会の関係は第二次宗門
事件が勃発するまで大きな問題はなく、むしろ他宗からみれば分裂の危機になりかね
ない大騒動であったにもかかわらず丸く収めた創価学会に対する評価が認識された
のではなかろうか。
小説、新人間革命は「勝ち鬨」の章となっているが、筆者である池田大作先生は山崎や
原島という反逆者、宗門側の「正信会」という、いずれも一部の身内側からの『師子身中
の虫』の存在を明確にされてはいるものの、当時の阿部日顕法主や日蓮正宗そのもの
を総じて批判している箇所はないし、表現には細心の注意が払われているように拙は
思う。 後に宗門側の『師子身中の虫』であった正信会は後に阿部日顕率いる宗門側
の手によって擯斥処分となり放逐されていることもあるだろうし、当時の学会員さんの
日蓮正宗への赤誠の外護が続いたこともあり配慮にもとづいてのことだろう。

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後の史実を先取りし、創宗当時の日蓮正宗を破折する事は簡単だが、歴史を忠実に
追って創価学会を語る「新・人間革命」のテーマから逸脱してしまうし、なにより外護を
してきた学会員同志の労苦も「悪を見破る先見の明はなかったのか」かなどと批判され
ることに繋がりかねない。
事実、池田先生の著作を引用し当時の学会執行部の責任論を声高に論じている学会
員がすくなからずいるのだ。
これからの小説、新人間革命に「日顕宗」という表記がでてくるかどうかはさておいて
(拙の予想では出てこないと思います)
創価学会において「日顕宗」という呼称をつかうのは、後の人が“坊主憎けりゃ袈裟まで
憎い”という低い境涯に陥って創宗時代の日蓮正宗まで根本否定するようなことのない
よう、明確に立て分ける意義が込められているといえるだろう。
創価の森の小さな家ブログを主催する菊川氏のように、第一次宗門事件の背景や事実
を浅薄に読み解き『終わりなき邪宗門の池田先生への攻撃』であったかように論じたり
池田先生のこまやかな配慮を度外視して『ここでは正信会の僧侶です。これは日顕宗
の一部です。当時は毛色が違いますが日顕宗の先駆けであり、日顕宗そのものです。』

などと、したり顔で注釈をいれわざわざネットで披瀝しているものをみると、菊川氏は
かなりの増上慢になりかけているように拙は感じ、懸念を抱かずにはいられない。
自他の感情を煽り分断を画策し自利を得るための「エセ破折」はいずれ、わが身も焦がし
信心を破ってしまう因になりえることを、第一次宗門問題の結果は示している。
かつてネットで池田先生への忠誠を声高に叫び日顕宗破折を試みていた掲示板の成れ
の果ても同じだった。
特に、菊川氏の場合は信仰上の根幹をなす「御書」をネットコンテンツとして
配信しつつ、少なからず他の学会員の信用も得ている立場を作り上げている。
本人にそういった自覚があるなしにかかわらず、「正法正義」に時代錯誤の破折を
混ぜ込んで世に配信することは、法を下げる行為に直結してしまうことをなによりも
警戒せねばならないだろう。  現証はすでに現れている。
ネットコミュニケーションに活路を見出しているような信仰の弱い方に、カッコイイとこ
ろを見せようと破折してみるのは愚かなことではないだろうか。

 









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宗教系情報に踊らされるアンチさん

最近、またブログ村創価カテから学会アンチ系のブログが登録抹消になった
ようだ。 そのブログを拙も時々拝見していたが執筆者が創価カテのブログを
引用し呆れて見せるだけという、かなり消極的なイヤガラセ記事を量産しつづけ
ていた。 それに似たようなブログは創価カテにもまだいくつか存在している。
あの内容で、創価学会という宗教団体に対して一矢報いていると作成者が思って
いたのかどうかは定かではないが、ある学会員ブロガーさんは「アンチブログ」が
ブログ村の管理者によって強制カテ移動されることについて驚かれていたようだ。
事実ブログ村の哲学・思想カテゴリーにおいて“特定の宗教批判”スレッドがいくつか
存在するが、アンチ創価学会のスレッドには現在18のブログが登録されており
自発的に自己をアンチとして認識して登録している者以外にも上記のように移転させ
られたブログがあり、活発に情報発信をしている。

--

最近拙が注目しているのは、“さくらもち”さんの『振り返ってみる日本人と創価学会』だ。
タイトルとは裏腹に、学会二世であった自己の不幸(?)な生い立ちを振り返っている
内容がほとんどなのだが、上手にマンガが書けたりプロットを作るなどの文字以外の
表現力を持っているなので、ついつい魅惑に負け見てしまう。
昨年末に、学会アンチブログカテで一位を取ったとのことで休筆宣言をされていた
ようだが、なにごともなかったかのように戻ってこられているところを見ると元学会員の
底なしの怨嗟を感じずにはいられない。
自分の幸せのために創価学会を自ら去ったはずが、何年たっても創価学会に対する
批判に終始するのは彼女の親がまだ学会員であるからかもしれないが、どんな理由が
あるにせよネットで肉親をただ晒し者にしている人物が、本当に幸せに見えるだろうか。
自分の幸せのために創価学会に在籍したものの、何年も親をネタにしたりネットで友達
できました的な幸せアピールをブログで繰り返しているものと同じようにしか拙には
感じられないのだ。

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さて、“さくらもち”さんはかなり以前から2ちゃんねる絡みのアンチ学会ネット活動をされて
来たことを吐露されていたが、最近はmonlingenさんのブログにも出入りするほどになっている。
monlingenさんは他所のブログには興味がない方なので、さくらもちさんがネットに流されていた
「ある画像」を思い起こして『脱会直後、池田大作にぞっとしたのは、この写真を見てから』などと
ツイッターでつぶやいているのもご存じないだろう。
ツイッターで少々反響があって気をよくされたのか、いくつかマンガ化されたようである。
だが“さくらもち”さんはあの落書き画像がどこから出たものであるかはご存じないようだ。
すこし注意を払ってみれば池田先生が手に持っているらしい「マジック」の太さと、女の子の
顔に書かれた落書きとやらの太さや筆致が「マジック」で書けるものではないことや、女の子
の手にかかれたペンの色と顔に書かれた黒の色調が濃すぎる事に気が付きそうなものだろう。
そもそもこの画像は第一次宗門事件の折、週刊新潮に掲載されたいわくつきの画像であり
月刊ペン裁判で敗訴した内藤らが創価学会の攻撃で活用し、今現在でも「マジック事件」として
ネットでもっぱら日顕宗関連のブロガーが愛用しつづけているものだ。
(詳細は「地涌の電子書庫」該当記事のリンクを貼っておきます)
http://tidesk.web.fc2.com/houdou-sintyou/7.html

ネットでは古くから「創価学会被害者の会」(自由の砦)と銘打った
日蓮正宗妙観講門徒が作成するアンチ御用達サイトでこの画像が配布
されていたように記憶している。
いまでも同サイトへのリンクを貼っているサイトに画像がアップされたまま
になっているので見たことがあるかたもいるだろう。
彼女が同所から画像を拝借したわけではないだろうが“さくらもち”さんの
ようなアンチさんは、たとえ無宗派になっていても日蓮正宗門徒らが深く関わって
いる情報を元にアンチ学会記事を作成し拡散していることが解るという、ちょっと
おめでたくもあり可哀想な話でもあるのだ。

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まあ、ご本人は日本人と・・ブログで「あほなマンガ」シリーズとして発表されているので、
学会アンチサイトへのオマージュにすぎないと彼女がいってしまえばそれまでのことではある。
しかし、学会を辞めても、知らず知らずの間に他宗の眉唾情報で誑かされつづけている
実情をみると彼女のような自称覚醒者がどこまで覚醒しているのかは疑問に感じてしまう。
結局自分にとって都合良い情報を探し、それを取り上げることによって自己を認めてもら
える居場所を作りたいだけなので元となる情報の真偽などはどうでもよいのだろう。
たとえ創価学会を辞めたとしても、宗教系情報に踊らされ続ける状況に気が付かない
のだから「学会を辞める」という選択肢がかならずしも根本的な問題解決になっておらず
むしろ余計に拗(こじ)らせてしまっている感が否めない。
というか嘘でもなんでも良いから信仰の意義を「こじらせること」がアンチサイトで暗躍する
日蓮正宗や顕正会を初めとする連中の目的であるといえるのではないだろうか。
拙はこういった無所属の学会アンチさんに対しては憐憫の情しか湧いてこない。

だが、騙された人間を笑い飛ばすのか、騙す人間達をあぶり出すのか。

この差は大きいようにおもう。






















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正しい『忖度』 : 創価の森ウォッチ147

2017年度年間流行語大賞となった「忖度」という言葉は
モリカケ問題のキーワードとして認知されるようになったため
他人に媚びて便宜を図るといった阿諛追従(あゆついしょう)
のニュアンスが付いてしまっている。
ネット辞書で引いてみるとたしかに“他人を推し量って配慮する”と
いう意味が書かれており、その内容とあいまって森友学園前理事の
籠池氏が国有地を安価で手に入れた理由を「忖度されたのでは」と
述べた事から、ネガティブな意味合いしか感じられなくなったようだ。
年末年始の宴席などで、忖度という言葉を使って笑いをとったかたも
多いのではないだろうか。

--

先日の東京新聞の文化面コラムによると、古文に用いられている
「忖度」という言葉は“他人の悪意を推知する”という意味で使われており、
本来は相手への便宜を図るという印象とは真逆の、受け手側の慎重な心構え
を示す言葉であると紹介されていた。
本来の意味として考えるのなら、国有地の減額が「忖度」であるとするならば、
籠池氏側の“悪意”を国土交通省が汲み取ったということになったり、加計学園の
認可は文部科学省が安倍首相の“悪意”を汲み取ったといったような表現になって
しまう。
言葉が持つ本来の意味が時代とともに大きく変わってしまっている一例だといえよう。
拙としては、相手の悪意を推知し理解するという「忖度」という言葉が持っている
本来の意味合いにこそ深く共感することができる。
インターネットという情報通信技術をつかって行われている内外の学会アンチさん
の批判、また学会員有志の方が行っている学会アンチ評が数多くあるが、書き手
の被害者意識にまかせて書かれたものはある意味他者の“悪意を推知”した結果
であるといえるからだ。

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だが“他者の悪意を推知”したからといって善であるとは限らない。
むしろ悪意を知覚できるというのは、自分にも同じものがあり感応している事が
考えられるのだ。
興味深いことに「自分は被害者である」という立場で対象を敵視し誹謗している
タイプの方は、自分が世に訴えた「被害」と同様の事、またはそれ以上の仕返しを
自分が行っていることには気が付かない。
ブログ村の創価カテで一例を挙げてみると、ある退転者の方が学会員である親の
プライバシーを漏らして、創価学会への恨みつらみをマンガにされていたり、リアル
画像をアップされているケースなどは、リベンジポルノと大差ない。
親子間でどんな悶着があったのかはなんとなく伝わってくるが、それがSNSを通じ
公然と肉親を鞭打ち続ける理由になるだろうか。
また、自称学会員ブロガーが、学会活動に批判的な事を書いている学会員ブロガー
を指して根拠もなく「ナリスマシ」運動を提起したり、謗法者であるなどと悪意に満ちた
印象操作繰り返して相手の尊厳を根本から貶め続けなければならないことだろうか。
弱者(マイノリティ)をただただ鞭打つのは、ただの見せしめにほかならない。

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菊川氏が1月13日に「カヌー選手はなぜ犯罪者になったか」という記事を
発表し、薬物を混入させたりイヤガラセをしたカヌー選手の境涯を論じていた。
彼に言わせると加害者である鈴木選手が
“怒り、愚か、貪り、そして闘争の心が彼を支配した”ので薬物混入や窃盗を
やってしまったのだろうと推察している。
だが、鈴木選手はなにも警察に逮捕されたわけでもなければ、刑事事件で
書類送検をされたわけでもない。 
たしかにライバルを貶める行為は批判されても仕方がないかもしれないが
軽々に 犯罪者 であると断定し公然と論じるのはいかがなものか。
相手に批判される理由があるにしても、根拠のない断定で一方的に犯罪者
呼ばわりするのは誹謗中傷ではないか。
かつて菊川氏が「ナリスマシ」事件をでっち上げた時と同じように、なりふりかまわず
相手を貶めて自分の評価をあげようとするのは、鈴木選手となにが違うのだろう。
不祥事を起こしたカヌー選手の件については、鈴木選手のメンタルについて論じるだけ
でなく、被害を受けた小松選手のアスリートとしての心構えやカヌー協会の管理・指導が
正しかったのかという論調もマスコミや識者には見受けられる。
だが菊川氏や悪意のある学会アンチさんらの批判は、敵を叩いて自分の正義を証明する
だけの自家宣伝、エゴイズムにすぎない。

--------

自己を見つめずして相手を叩いて越に入るような人物は、誰もがもつ低い境涯にのみ
感応しているだけではないだろうか。
忖度には古来「相手の悪意を推知する」という意味が含まれていると論じたが
物事の本質を見極め、その本質をわが身にも当てはめて考えてみたり策を考えるという
「他山の石以て玉を攻むべし」という自己修練の意味合いも『忖度』 には含まれていたと
拙は考える。
本日付け(2017/1/17)の「創価の森通信」の記事には、聖教新聞に日々連載されている
小説、新人間革命の記事を引用した上で「宗門に対する池田先生の攻撃」として論じている
菊川氏の修羅の境涯が如実に顕れているように感じる。
公然と他者を批判をするのなら、批判者は「正しいあり方」を自らが示せるだけの境涯を積んで
開いて行こうとする努力を惜しんではならないだろう。

相手の悪い部分を見て本質を理解し、自分の成長の糧とする。
これこそが、正しい忖度 のあり方ではなかったではなかろうか。











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限定記事を漏らされてしまったら・・

おそくなりましたが新年あけましておめでとうございます。
昨年もいろいろとお騒がせしましたが、本年もブログを通じネット問題提起
やトラブルの経過などを引きながらインターネット活用のありかたについて
一石を投じ、皆様と考えていきたいとおもいます。

-

昨年公開させていただいた一連の「ネット学会員によるイジメ」についての
記事はそれなりの反応があったようで、いくつかのご意見を伺った。
その中に、テキストや画像(スクリーンショット)で「限定記事」や非公開の
内容をネットにアップし第三者に漏らすのは、そもそもマナー違反なのでは
ないかというご意見があった。
おそらく、 ネット同盟唱題グループでのイジメ :真実を語るウォッチ 46
 記事内でリンクした外部ブログの記事についてのご意見なのだろうと思われる。
答えから言わせていただくと『「マナー違反」なのかもしれないが、相手がやっている
ことは、私怨を動機としたプライバシーの公開暴露による名誉毀損or侮辱と目される
行為であり、その告発をされていることを咎めるほうが社会的に不利益』だと考える。

---


拙の記事内ではわかりにくかったかもしれないので概要を簡単に説明すると

墨田総区に所属する「ちよ」さんが運営するエキサイトブログ「真実を語る」
と同じ人物が運営するアメーバブログに関わり、ネット同盟唱題の趣旨に賛同
し参加していた埼玉の婦人部「うなちん」さんが、同盟唱題を批判をした方の「プライバシー」
を逆手にとって限定記事内のコメント欄で悪口を書いたのだが、そのプライバシーとは
「うなちん」さんが知っているはずのない内容だったことが問題となったのだ。
直接関係のない第三者のプライバシーがなんらかの方法で協力者である「うなちん」さんに
もたらされていたことが発端であるということに尽きる。 
相手を信用してプライバシーを晒して相談された側としては不愉快極まりないだろう。
(事実、プライバシーを漏らされた婦人部さんは犯人が誰なのかを問いただしている) 
仮にカウンセラー資格を有するとか、学会幹部である事をネットやメールで伝え、警戒心を
解いた相談者のプライバシーを聞き出しておきながら、本人の同意なく親しいというだけの
第三者にその情報を提供するようなことがあった場合、守秘義務違反が問われるであろうし
そういった素人カウンセラーを不問に処するのも社会的・道義的に問題があると考える。
また、そういった内容が「限定記事内」だから公然ではないとするのは誤りだ。

ちょうど、弁護士.comに「限定記事内で悪口を書いてしまった場合の法的責任」が
取り上げられていたので参考にしてほしい。

限定公開のSNSで「友人の悪口」を投稿…公開範囲を一部にしていても問題になる?



----

上記リンクに
「限定公開の内容をスクリーンショット機能で撮ったり直接見せたりして
 悪口を書かれた本人に伝えた場合」の法的責任はないと明記されている。
拙に、ご意見を寄せられたかたが、告発された方のブログが“法的に問題がある”
とされず“マナー違反ではないか”とされていたのも、あらかじめ法的な責任は
問えないことを存じておられたのかもしれない。
余談になるかもしれないが、仮にブログの限定公開のような少人数への公開でなく
誰かから誰かにあてた「メール」といった私信をSNSなどで公開されてしまった場合でも
その事自体は法的な責任は問えないというのが通説だ。
子供じみた感情的な内容を、見ず知らずの人間に送りつけて「公開するな」と書いて
おいてもなんの意味もない。
また、沖縄のうるとらまん氏も出入りしているFacebookの「学会員グループ」には、
グループ内での投稿内容を公開するなという管理者の但し書きがあるが無意味だ。
弁護士.comの返答にも書かれているように、そもそもSNSは書き込んだ情報が残り
その情報が第三者らに共有されることを前提にしている通信手段である。
一度ネットで公開された情報は第三者に利用(拡散)される危険性を十分に考えた上
で活用せざるを得ないのが実情なのだ。
共有されたくないのなら公開などしないほうがよい。
そもそも、ネットで公開した情報を『学会員さんにだけ見てもらいたい』と都合よく望むほう
が間違いである。まして「池田先生が見てくれるかも」などというのは自意識過剰の妄想だ。
後から信仰的意義を付け足して、ダラダラとSNSを運営するのは全く価値的ではないし
不健全だ。

限定記事だから・・・学会員さんしかみないだろうから・・といった楽天的な発想しか
できない情報発信者は、相当自己愛が強いのではないだろうか。
信仰者として、まだまだである。

おすすめリンク:  自己愛が強い人の特徴と対処法

(文中のテキスト色が変わっているところは他サイトにリンクしています)
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語られない”本当の支援者” :創価の森ウォッチ 146

今年度最後の特集ということで「創価の森通信」では菊川氏の
加曽利貝塚博物館レポートが連載されつづけている。
調べてみると加曽利貝塚は今年、文化財保護法による特別史跡指定が10月
に告示されたそうで、それをうけて幾つかイベントが実施されたそうだ。
その中に菊川氏が記事にしている『縄文秋祭り』が開催されていた。
(参考リンク: https://www.city.chiba.jp/kyoiku/shogaigakushu/bunkazai/kasorikaizuka/kasoritokubetusisekika.html )
上記リンク内にもあるように、都内を走る総武緩行線にラッピングトレイン
を走らせたりするなどした千葉県の特別史跡アピール作戦が菊川氏
の目にとまったのであろう。 彼も記事内で「通勤電車で縄文祭りを見た」(ママ)
と書いている。
元来、男性は視覚情報に影響されやすいとされている。
ヤクザ映画が大ヒットした時などは、マネをする男性が多かったという笑い
話があるほど、メディアやテレビといった宣伝媒体に影響されやすいのは
男性のほうだ。
千葉の博物館へ”縄文祭り”を見に行った菊川氏が突然、縄文ロマンを語り
だしたのも感化された結果だといえるだろう。

--

氏はブログネタをつかむと、「大感動」だとか「大感激」だとか「ビッグな連載」だとか
とかく大げさな予告や感嘆符(!)を多用する文章を書いて感情を表現しようとする
のだが、中途半端な状況説明ばかりが続いて面白味に欠ける。
悪く言えば、大人の絵日記だ。
創価の森通信は「視覚障がい者」むけのサポートブログという位置づけらしいが
旅行記につけ日々の生活につけ、本当に「障がい者」のために書いているように
は思えない。むしろ社会弱者の存在につけいって自分自身を売り込んでいるフシ
すら感じられる。
他にも、記事内や予告記事では加曽利貝塚には10月に行ったということが
何度か書かれているがトランプ大統領の来日当日ということなので11月5日の
錯誤ではないかと思う。
菊川氏がブログに掲載する画像には「日付」の記録が残っているがそれを
みても11月5日のことであることが確認できた。
つまり、基本的な事を調べもしないまま、適当な記事を書いているのだ。

---

また車のダッシュボードの上に置かれたサングラスを撮影した画像が掲載
されているが、画像を取り込んで拡大してみると撮影者と運転手が写りこんで。
なまじ画質の大きな一眼レフカメラで撮影されている画像なので、7・3分けの
男性が撮影し、女性らしき方が運転をしているようにみえる。
彼の記事によると、奥様が同行されたようなので運転もされたのだろう。
だが、それに対するねぎらいの言葉はない。
とにかく自分がなにをみて、どう行動していたかに文字数が割かれている
ため、史跡の具体的説明もアバウトだ。
夏頃に書かれた「富岡製糸場」の記事は、奥様の絵手紙が展示されている
恒例の絵手紙列車がらみだったこともあり、「きゅうママの絵手紙の部屋」
でも少々取り上げられていたが、今回の加曽利貝塚のことは全く触れておられない。
同じ頃、奥様は絵手紙関連のお仕事で忙しくされていたようで、わざわざ
貝塚博物館のことを記事にされるつもりはなかったかもしれないが、
彼女自身もブログで旅行記を書いておられることがよくあるところから想像するに
、今回は菊川氏だけが一人で盛り上がっていたのだろう。

------

ご夫婦でブログをされていても、お互いがリンクすることもなく完全に別居している
状態だが、菊川氏の「創価の森」ブログもチェックしつ、拙は「きゅうママ」さんの
ブログを時々拝見させていただいている。
つい最近のきゅうママブログ記事では、また岡山に帰郷されるのか旅支度をされて
いることが書かれていた。
彼女の夫である菊川氏は全くブログで触れていないが、今年奥様は3度ほど岡山の
菊川氏の実家に行かれていたとブログで書かれていたことをご存知のかたは、
創価カテにおられないだろう。
菊川氏のお母さんの具合が悪くされていたことや目の手術のこともあり入院などの
手続きなどをするために夜行バスで岡山を往復されていたとのことである。
きゅうママさん自身もお仕事やイベントで忙しい中を夜行バスで往復されただけでも
親孝行な菊川氏は大感激していることとおもいきや、いっさい記事にされていない。
菊川氏は仕事が忙しいだとか、体の調子が悪い、体力づくりをしているだとか
自分中心の記事を奔放に格好つけて書く癖があったり、自分のブログに関わった
人のみへ、これみよがしな賞賛を公表するかたちをとって自己演出を図ったり、暗に
協力をもとめようとするケースがままみられ、自分絡みのことなら、親孝行の予定でも
将来の夢でもブログの記事にして公開してしまうのだが、仕事につけ親の介護につけ
リアルでの1番の彼の功労者であるはずの「奥様」については、とうとう書かれずじまい
のまま2017年を終えるようなのである。

------

8月の創価の森通信のある記事に、読売新聞の紙上相談を引用しされたものが
あったのだが、その内容は夫の「自慢話」に関する奥様の相談だった。
元となる相談の抜粋は他のサイトでも引用されており確認することができる。
(参照リンク: 【人生案内】自己評価が高すぎて気持ち悪い夫  )
この相談に対する菊川氏の評価は「何とも悲惨な夫婦間の話」だった。
自慢話をして悦に入る夫に対し、どうにか変わってほしいと相談をせざるを得ない
妻が悲惨だと評しているのか、自慢話をする旦那が悲惨だと評しているのか拙には
判別しかねるが、菊川氏は“自分は自慢話などしていない”と本気で思い込んでいるようだ。
自分の利になることや名誉に関わることなら、他人のプライバシーを無視してでも
自慢記事にしたてあげ公表してきたのが菊川氏だ。
岡山のお母さんの看護をされていた奥様の健闘をブログのネタにしないのは菊川氏流
のテレかくしなのかもしれないし、8月の読売新聞を読んで自省し「自慢話」を控えている
のかもしれない。 だがブログでの「自慢話」が止む気配はみられない。
ネットで愛妻家をアピールしつづけてきた氏が、リアルで奥様に対しぞんざいな扱い
をされていないのか少々心配になってくるのだ。

(文字色が変わっているところは該当の記事サイトへリンクされています)










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